虹ツナ | ナノ

4.



中学生3人組がばーちゃんの駄菓子屋から帰っていく頃になると、外はすでに夜の帳をおろしていた。
街灯の少ないこの近辺では彼らが心配だから送っていこうと言うと、オレの方がどうみても心配だと3人とも譲らず結局は彼らが見えなくなるまでここで見送るということで決着がついた。

中学生に心配されるというのも情けないが、それだけ色々と見られてしまっているということだった。
少しも変わらないダメっぷりに苦笑いが零れる。

「…それでも元気にやっているよ。」

そうひと際明るく瞬く星に呟いて、それから店に鍵を掛けて奥の住居として使っている家へと入った。
掃除も苦手なオレは、この5ヶ月あまりの間に足の踏み場もないほどに散らかしてしまっている。
ばーちゃんが退院するまでに片付けないと…と思えど、そのばーちゃんは多分長くはない。

世の中の役に立ついい人ばかりが先に逝く。


大好きだった彼女も同じだった。

明るくて、優しい笑顔でいつもみんなを照らしてくれる太陽みたいだった。
告白も出来ずにただ彼女の傍にいるだけだったのに、何がどんな運命だったのか気が付けば結婚を前提としたお付き合いをしている仲になっていた。

6月の花嫁は幸せになれるのだと母親の請け売りを信じ、その準備に取り掛かっていた矢先の出来事だった。
どうしてあの日に彼女一人で式場の予約に行かせたのかと何度後悔しただろう。
けれどどんなに後悔をしても二度と彼女に会えることはない。

彼女とは同じ会社に勤めていたためにそれを知った誰もが腫れ物に触るような態度でオレに接し、そうされればされるほど余計に思い出して、会社に通うことも出来なくなった。

そうこうしている内に母方のばーちゃんが脳梗塞で倒れ、ばーちゃんの大事な駄菓子屋を退院するまで守ってくれないかと頼まれて今に至る。





ゴミの山を掻き分けて台所に辿り着くと、母親が来ていたのか夕飯の支度がテーブルの上に用意してあった。
それを電子レンジで暖めて手を合わせて夕飯にありつく。

もうあの3人も家に着いた頃だろうか。
会社を辞める際に借りていたアパートの契約と一緒に携帯電話の契約も打ち切ってきたので、家電しか連絡手段がないオレに、3人とも不満タラタラで再契約をしろと煩く言っていたことを思い出す。

特にリボーンは何か思うところがあったようで、しきりに勧めていた。
昨日言われた通りにまともと思われるTシャツを着ていたのに、それでもリボーンにとってはダメだったらしい。
確かに昨日着ていたTシャツは高校生の時に着ていた年代物だったのでよれよれだったと自分でも思った。
だが、今日のTシャツは2年ほど前に福引で貰ったほとんど着ていないものだったのに。

「今どきの子っておしゃれだな。」

誰もいないこの家で思わず出た独り言に、慌てて口を閉じて辺りを見回す。当然誰もいる訳がない。
それでもバツが悪くて俯き加減でモソモソ夕飯を食べていると、唯一の連絡手段である電話が廊下からけたたましい音を立てて鳴り響いた。

ばーちゃんの一人暮らしだったから、聞こえるようにと音量を上げていたのだろう。それにしても大音量だ。
あまりの煩さに近所迷惑だろうと電話に飛びつくと、先ほどまで考えていたおしゃれでませている中学生からの電話だった。

「リボーン、どうしたの?店に忘れ物でもした?」

『違うぞ。…その、ちょっとな。』

「?」

リボーンという少年は、知り合ってまだ2日だがこのような歯切れの悪い会話をする子じゃないということは分かるようになった。
頭の回転がいい彼は、言いよどむこともなければ、言葉を選ぶこともしない。
大層な皮肉屋で、だけど間違ったことは言わないから余計に性質が悪いとも言える。そんな一言も二言も多い少年だった。

『…駄菓子屋に休みはねぇのか?』

「休み?うーん、今のところは考えてないな。どうして?」

『てめぇの夏服があまりにひどいから見立ててやろうと思って…』

「ああ、そういうことか。それなら土曜にでも見立ててくれる?」

きっとおしゃれな彼にはオレのどうでもいいTシャツ姿が勘に触ったのだろう。
そういえば夏服はろくでもないTシャツしかなかった。丁度いいから休みを取って見てくるのも悪くない。
そう返事をすると、電話の向こうで一瞬息を大きく吸い込んだ音が聞こえた。

『ぜったいだぞ!約束だからな!!』

「?うん、分かったよ。」

『他のヤツらは誘うんじゃねぇぞ。コロネロとかパシリとか。』

「2人だけってこと?」

『っ…そうだ!』

「了解。」

この3人組はどう見ても仲がいいと思うのだが、互いにそれを認めずとにかく自分だけをと主張する。
オレみたいなオッサンと話が合うとも思えないのだが、慕われるのは素直に嬉しい。
だからついこの3人には甘くなってしまうようだ。

リボーンは繰り返しこのことは誰にも言うなと念を押してから電話が切れた。








久しぶりの遠出を楽しみにしていたオレは、待ち合わせ場所に10分も前に到着した。
待たせることはあっても、待つことはなかったというのに珍しいことだ。
そう思い木陰に身を寄せると、綺麗な高校生くらいの女の子2人組が一人の少年を逆ナンをしている最中だった。
悪いところに来てしまったと逃げようとすると、右腕を後ろから引っ張られる。

「悪いな、待ち人が来たから…」

「えぇー!こっちの人もいい線いってるし、2対2になるから丁度いいよね?!」

オレの腕を引っ張ったのはリボーンだった。
あまり機嫌がよくないのか眉間に皺を寄せている。
それに気付かない女の子2人がしつこく声を掛けてくると、リボーンは大の男でもチビリそうな冷たい視線で睥睨した。

「リ、リボーン…」

「しつこい女は嫌われるぞ。それじゃあな。」

それだけ言うと後ろも振り返らずオレの手を引いたまま歩き出した。
早くもない歩調なのに、微妙に早歩きになってしまうことを不思議に思っていたが、よくよく見てみると足の長さが違うからだと分かった。
身長は変わりないくらいだというのに…。

むっつりと黙り込んだままその場を後にしたリボーンは、女の子2人の視線を振り切ったあたりでやっとこちらを振り返った。

「いきなり巻き込んで悪かったな。」

「いいよ、いいよ。オレ来るの遅かったみたいだし。」

時計が遅れていたのだろうというと、リボーンは複雑な顔をして首を振った。

「いいや、オレが早く着きすぎた。いつもは時間ギリギリか待たせるんだが…ツナと早く会いたくて…」

最後は小さな声での呟きに胸が鷲掴みされたようにぎゅうと締る。弟にムチャクチャ好かれている兄貴の気分だ。
思わずリボーンの頭をわしゃわしゃと掻き混ぜると、照れたように余所を向いた。

「そっか。それじゃ、今日はよろしくな?」

そう笑うと中学生らしい笑顔が返ってきた。



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