虹ツナ | ナノ

1.



小学生や中学生の発育途上の子供たちにとって、一番楽しみな時間といえば食べることではないだろうか。
3食の食事も勿論楽しみではあるが、やはり自分の好みのお菓子を自分で選んで食べることができるおやつの時間は至福の極みだ。

それはどんなに頭のいい子だったり、運動神経のいい子だったり、要領のいい子だとしても同じなのだ。
動けば腹が減るし、頭を使うことでもカロリーは消費される。
きちんと3食摂っていたとしても、まだ食べたいのは仕方のないことといえた。

中学にあがったばかりのリボーンがあまりの空腹に耐えかねて、以前は足繁く通っていた駄菓子屋へと足を運んだとしても何ら不思議はなかった。

古い昭和30年代くらいに建てられたのだろう駄菓子屋は、ひさしが短く今日のように雨の降り続く日にはその役目を果たせていない。
濡れることよりも空腹を訴える胃を鎮めるために、引き戸をガラリと横に滑らせる。建て付けの悪い戸を無理矢理開いて中へと足を踏み入れた。

相変わらず薄暗くて狭い店内をぐるりと見回すと、奥から声が掛かる。

「いらっしゃい…」

聞き覚えのない声に驚いて声のした方を振り返るが、どうやら奥でテレビを見ているらしく姿を見ることができない。
小学生の頃には老婆が店番をしていたのに、今はどうやら年若い男のようだ。

この駄菓子屋にはその老婆の作るお好み焼きを目当てにやってきたのだ。
安くておいしいお好み焼きは夕食までの空腹を埋めるのに最適の量と値段だった。
老婆がいないのならばムリだろうと店を出て行こうとすると、奥から男が声を掛けてきた。

「…ひょっとしてばーちゃんのお好み焼き目当てだった?」

「ああ…」

何気なく後ろを振り返って返事をすると、思ったより近くに近付いてきていた男の顔を覗き込む羽目になる。
中学生のリボーンよりわずかに大きいだけの身長は、成人男性にしては低いと思われる。

その上に乗っかっている顔には、零れそうな大きな瞳とあまり高くない鼻に触れたら柔らかそうな唇がついていた。
ふわふわの髪の毛の上に薄暗い電球のオレンジの光が散って、見た瞬間天使みたいだと思った。

「うわ…外の雨ひどかったんだね。タオルで拭いて!ばーちゃんは今、入院中でさ。代わりにオレが店番頼まれたんだけど、ばーちゃんみたいにお好み焼き焼けないからみんな帰ってっちゃうんだよな。」

手近にあったタオルを頭から被せられ、ゴシゴシと無造作に拭かれても逃げ出すこともできなかった。
母親が子供の世話を焼くように、リボーンも目の前の男に世話を焼かれて嬉しいと思う自分に驚きを隠せない。

「…はい、出来た!まだ雨がひどいみたいだし、ちょっとだけ雨宿りしていきなよ。んでさ、よかったらお好み焼き試食してくれない?ばーちゃんみたいに上手じゃないからお代は取らないし!」

な?と小首を傾げての哀願がこれほど似合う男など見たこともなかった。
気が付けばテーブルに腰掛けていた。

「そういえば名前は?」

「リボーンだ。あんたは?」

「オレね、綱吉。みんなはツナって呼んでる。」

「…確かにツナって顔だな。」

「どういう意味!」

そう言いながらも笑っている。どうみても年上だと思うのだが、どれくらい上なのか見当もつかない。
見た目だけなら高校生みたいだが、こんな時間に店番ができるのだから高校生ではないだろう。大学生かと訊ねるとはははっ…と乾いた笑いが零れた。

「…30間近。」

「嘘吐くならもっと上手に吐かねぇとバレバレだぞ。」

「嘘じゃないって!もう、ほら…」

手渡された免許証にはリボーンより15歳年上だとしっかり記されていた。
呆然と免許証と本人とを見比べていると、お好み焼きの生地と具を手に目の前のテーブルの火を入れて支度をはじめる。

「そんなに驚くほど?若く見えるのは嬉しいけど、そこまでびっくりされるとおじさん傷付いちゃうな。」

「若いっつーより、幼いの間違いだぞ。軽く10歳は詐称できる。」

「ひどっ!…って、うひぃ!ぎゃ!」

目の前でコントのように生地を落とし、具をぶちまけるツナに思わず手を差し伸べていた。
鉄板の上に落ちて事なきをえた具を生地の上に乗せてお好み焼きの形を作っていく。

リボーンは生来、他人の面倒をみることは苦手だ。思い通りにことを運ぶのは得意だが、尻を持ってやる気はさらさらない。
けれど目の前のドジな青年を放っておくことができない自分に気が付いた。

「…ご、ごめん……」

「自分で焼くからそこで座ってろ、ダメツナ。」

「うううっ、また言われた…」

「また?」

ぐすんと洟をすするツナを睨んでいると、ガラガラと大きな音を立てて店の扉が開き誰かが店内に入ってきた。
時計を確認してそちらに向かうツナに、相手が分かっているのだと知れてムカっとした。
声から相手も男だと分かったからなおのことだ。

店先からすぐにこちらに向かってきた声に、どんな野郎か面を拝んでやるとふんぞり返って見ていれば、見知った顔が現れて互いの時間が止まる。
それを見たツナが凍り付いた場を丸っと無視してにっこり笑って言った。

「あれ?スカルとリボーンはひょっとして知り合い?そう言えば同じ中学の制服だね。」

「…ああ、よーく知ってんぞ。」

そうリボーンが呟けば、

「あんたが知ってんのは、オレの携帯番号だけだろう!いつもいつもパシリ扱いしやがって…」

とスカルにしては珍しく反旗を翻してきた。
事情が分からないながらも、リボーンとスカルの間には友情なんてものがないことには気が付いたツナはオロオロ2人の顔を覗くだけだった。

そんな時、またもガラリと扉を開く音が聞こえる。
これ幸いとそちらに逃げ出したツナを確認してからリボーンが先制をしかけた。

「何でてめぇがここに居るんだ、出てけパシリ。」

「あんたに言われる筋合いはない。あんたこそ出ていったらどうだ。」

「んだと?パシリのくせに一丁前な口利くじゃねぇか。ツナのことをダメツナ呼ばわりするのは10年早いぞ。」

「?…あんたじゃあるまいし、ツナさん相手にそんな失礼なことは言わない。」

「それなら誰が…」

嫌な予感に2人の眉間に皺が寄り、その予感の赴くままに視線を後ろに向けるとまたも見覚えのある金髪が視界に入ってきた。

「なっ?!なんでてめーらがここに居んだ、コラ!」

「そりゃあこっちの台詞だ、筋肉バカ。」

「…校外でまで会いたくない。」

「みんな知り合い?世間って狭いね。」

それはそうだろう。
同じ中学校の上に、学区が同じなのだから。
そして近所の駄菓子屋っといえばここだけだ。

図らずも揃いも揃った3人組がそれから競うように毎日ツナに会いにくるようになった理由なんて、素直じゃないお子様たちは絶対に言わない。
でも誰かに出し抜かれたくもない。

オンボロの駄菓子屋さんは間抜けな店主が、今日ものんびり店番をしている。


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