虹ツナ | ナノ

4.



彼が道を歩けば人垣が割れる。
誰もが彼を見ては、目を合わせないようにして道の隅へと身体を寄せた。
そんな彼、雲雀恭弥は今日もリーゼント頭の幾人かを従えて並盛の街を狩りに…ではなく、パトロールに出掛けていた。

最近、この愛すべき並盛の町がおかしい。
従えている組事務所にどういうことかと調べさせても、ただ口をつぐむだけだ。
ならばとパトロールの強化に乗り出したのだが、別段変わりはないようである。
しかし人よりそういった嗅覚に優れる雲雀が一旦おかしいと思ったのならば、それは黒である。

どこがおかしいのかと言えば、第一に外国人がやたらと増えたこと。
しかもイタリア国籍の。
イタリア…特にシチリアからの移住者が増え、イタリア語教室が異常に繁盛していた。
まずはそこから当たるかと足を向けた次第である。



「ここかい…?」

「はい!イタリア語教師が3人。いずれもかなりの美形だと…」

「ふうん。」

どうでもよさそうに相槌を打つのは雲雀の癖で、それでも決してどうでもいいと思っているわけではない。
欲しい情報はどんな小さなことでも拾わせる。それを餞別するのはトップの仕事であり、そこに何を見出すのかも同じだ。
だから彼の手下はどんな些細なことでも拾ってくるし、雲雀の耳に必ず入れる。
さて、入ろうかと足を踏み出すと子供が一人件のイタリア語教室へと入っていこうと雲雀の前に飛び出してきた。
止まる気など更々ない雲雀はそのまま足を進め、雲雀に気付いていない子供は勢いよく駆けて来た。
どうなるかは明白だった。
あ…と思った時には子供と雲雀がそのドアの前でぶつかり、雲雀は少し足を後ろにやっただけで済んだが子供はゴロンと尻餅を付いていた。

「ふぎゃ…っ!…あ、ごめんなさい!ここに御用ですか?」

健気にも吹き飛ばされた方の子供が、きちんと頭を下げて雲雀に道を譲っている。
リーゼント頭の集団でも、一際長くて大きいリーゼント頭の草壁がハラハラと主とその小学生らしい子供…少年だろうか…を後ろから眺めていた。
何せ草壁の主は年寄りだろうが、子供だろうが、女だろうがお構いなしに暴力を奮う。勿論、男には言わずもがな。

「…君、ここのイタリア人と知り合い?」

「はい。父さんが働いてます。」

それを聞いた雲雀は目を眇めた。おかしい。ここで働く3人は、どれも20代半ばと聞いている。なのにこんな大きな子供がいるのだろうか。
見ればイタリア人とは程遠い、いかにも日本人的な顔のどこにでもいる子供だ。髪の色と瞳の色がかなり明るい茶色ではあるが、これでイタリア人と日本人のハーフと言われてもピンとこない。

またもふうんと呟くと、雲雀は構わず歩き出す。
長いコンパスの雲雀と子供では速度に違いがあり過ぎる。けれども子供は必死に走っていって、扉を開けるとどうぞ…と雲雀を招き入れた。
草壁は自身の姿と重ね、思わず涙ぐんでしまう。
しかし涙を浮かべている場合ではない。主の後を追わないと、何をしでかすか分からない主の後始末をしなければならないのだ。
慌てて後に続くと胡散臭そうな左右の瞳の色が違う男と、主が一触即発状態になっていた。
どうしたというのか。

「クフフフ…やっぱり野蛮ですね。うちの綱吉くんを誑かさないで貰えますか、その肩にいる鳥の臭いがついてしまうじゃないですか。」

「僕が野蛮ならお前は変態だろう。そんな小さい子に何する気だったんだ。」

「何ってお帰りなさいのキスですが?綱吉くんのパパンの代わりにと親愛の情を込めて。」

「…変態パイナップル…」

「なんですって?」

と、いった調子で何故か主の腕の中に先ほどの子供がおさまっていた。自分を上を行き来する言葉の速度にも内容にも付いていけないようで、ただでさえ大きい瞳を益々大きく見開いている。
仕方なく「恭さん。」と小さく呟くと、やっと正気づいてくれたらしくギロリとこちらを睨んできた。
それでも乗せられていることに気が付いた主が、腕の拘束を緩めると小さな子供はほっと息を吐いた。

「えっと…すみません、お名前は?」

「人に尋ねるときにはまず自分からでしょ。習わなかったの?」

暗にそこの変態は何も教えていないのかと言わんばかりの態度で切り返す。大人気ない主に苦笑いする草壁を余所に、小さい子供は「沢田綱吉です!」と元気よく答えていた。
やはり男の子だったらしい。一見地味ながら、よくよく見ればその大きな瞳とふっくらとしたほっぺたにちいさな愛嬌のある鼻、桜色の口許と可愛らしいといって差し支えない面差しだった。
その返事に納得したのか、主も「雲雀恭弥。」と答えると、「雲雀さんて呼んでもいいですか?」とキラキラした瞳で訊ねていた。

珍しい、主が子供に押されている。いや、子供どころかどんな強面でも薙ぎ倒し、噛み殺し続けているというのに、綱吉という少年には何故か逆らえないらしく「勝手に呼べば。」なんてそっぽを向いていながらもその呼び方を許していた。

「…綱吉くん?やたらな人を誑し込むんじゃありませんよ。こんなアヒルなんか、君の役には立たないですよ。僕だけで充分でしょう?」

「…?よくわかんないけど、雲雀さんはここに御用があって来たんですよね?」

「そうだよ。…ここの事業主を…」

言い募る美形を放っておいて、綱吉少年と主が話していると、奥から生徒と思われる女性たちに囲まれて一際華やかな男が現れた。黒い瞳と黒い髪、けれど長い手足と骨格が日本人ではないと一目で分かるその男は、生徒たちを送り出すと雲雀を無視して綱吉を抱きかかええる。

「ただいま!リボーン!!」

「お帰り、ツナ。」

親子というよりは恋人同士のような甘い雰囲気に、主の周りの空気が3℃ほど下がったような気がした。
思わず後ずさる草壁と、そんなことなど気付かないバカップ…じゃない親子に、かなきり声が掛かる。

「いい加減にしなさい!ほら、アヒルくんが見てますよ!!」

「アヒル…?誰だ?」

「…君たち、公序良俗って言葉知ってる?」

左右の瞳の色が違う青年が親子を止めると、それに呼応するように主がゆらり…と一歩前に出た。手にはいつものトンファー。
ああ、これが出たらこの教室も今日までだ。
そう思いながらも、せめて綱吉少年だけでも連れて逃げようと草壁は決意した。
シャキン!と左右に握るトンファーが鈍い光を帯びて、主の手に納まる。

「並盛の風紀を乱す者は…噛み殺す!」

言うが早いかトンファーを閃かせ、洒落た伊達男に襲いかかる。が、それを難なく交わし懐から取り出したのは…

「拳銃?おかしいね、僕のところにはそんな物騒な代物を持ち歩く人物が並盛を闊歩しているなんて報告は入ってないよ。」

「何でも知ってると思うな。」

余裕綽々の男に、主の柳眉が上がる。そもそも接近戦用のトンファーとある程度の距離が欲しい拳銃とではこんな室内での戦闘の場合、話にならないのが常識だ。
何かあると思っているだろうに、攻撃の手を緩めない主。それになんの予備動作もなく拳銃を抜く。それがきちんと主のトンファーに当たり、狙って撃っているのだと知れた。
恐ろしいほどの射撃の腕だ。
しかも兆弾は綱吉少年の方にはいかず、必ず他かもう一人の青年へと吸い込まれていく。主とその青年とを狙っているのは明白で、一歩でも主が引けば弾はトンファーではなく身体へと吸い込まれていくだろう。左右に瞳の色が違う青年も然り。
青年はといえば、いつの間にか三叉槍を手に兆弾を弾いていた。
あまりの攻撃に、主が一旦距離を置くとリボーンと呼ばれた青年は拳銃を向けたまま言った。

「並盛なんざ関係ねぇ。オレはツナさえ守れりゃいい。」

その言葉のどこに納得をしたのか草壁には分からなかったが、その答えに主はまたも気のない返事をするとトンファーを懐に収め、教室を後にした。

「恭さん…よかったのですか?」

その後ろを慌てて付いていく草壁が訊ねても、ジロリと冷たい視線が返ってくるだけで何の返答もなかった。
ただそれからというもの、あまりに平和過ぎる日が続くと思い立ったように件のイタリア語教室へと足を運ぶようになった。
行く度に返り討ちにあうというのに、である。

「ひょっとして…暇つぶしなんじゃ…」

主の心中は誰にも分からない。


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