虹ツナ | ナノ

1.



石畳の上を音も無く歩いていく黒い影。いや、影ではなく、黒尽くめのひとりの男は夕闇に紛れて歩を進めていく。
夕焼けは地平線の奥へと退場し、うっすらと赤い色だけがわずかに残る空は夜でもなければ夕方というには暗すぎる色をしていた。
こんな空を何と呼ぶのだろうか。
ふと、センチメンタリズムを掻き立てられた思考に嵌ったことに気が付いたリボーンは白い面(おもて)を石畳に落とすと、歩を緩めた。

これから親友が残した子供に会いにゆく。
遺言ともなった親友の言葉を珍しく律儀に守ろうと、その家へと向かっているところだ。
お前の父さんは死んだのだと言わねばならない。
最後に渡された写真には優しい母に抱かれた赤子姿のその相手、綱吉が写っている。
父親には似ていない面差しは、年を追うごとに母に似てきているのだと家光は頬を緩ませていた。

あのどうしようもないダメ中年に会えないのだと今頃気が付いた。
寂しいなどという気持ちはとうに失われていたと思っていたのに、まだ奥底に眠っていたらしい。
それが親友の忘れ形見へと足を向けた理由だったのだろうか。
黒いボルサリーノをぐいと目深に下げると、目的のうちまで今度は足早に向かっていった。



リボーンはイタリアでも1,2を争う大マフィアお抱えのヒットマンだ。
黒いスーツに黒いボルサリーノ。射撃の腕は一級品で、狙った獲物を仕留め損ねたことはない。愛人は腐るほど。
そういった噂は闇社会には広く伝わっていた。
だというのに、実物と取引きをしたとは聞かない。そもそも、若いのか古いのかさえ分かってはいなかった。
用心深いリボーンは自分から仕事を取ることはせず、あくまでマフィアからの依頼のみを請け負うスタイルを取っているからだ。
そのリボーンをよく知る古参幹部が抗争によって命を落とした。よくある話だ。マフィアなんかになっていれば、早かれ遅かれ命は散っていくのだろう。
明日は我が身と知りながらも、両親ともにこの世から消えてしまった綱吉に会いにきたのだ。
ひょっとすると、あのダメ中年の面差しを探してなのか…と苦く笑うその顔は驚くほどに端整だ。
白く滑らかな肌はまだ年若いと知れた。

お世辞にも綺麗とはいえないアパートに辿り着くと、コンコンと2度戸を叩いた。
これで出てこなかったら2度はこないと決めて、少し待つ。けれども中から出てくる気配はない。
縁が無かったかと踵を返すと、後ろからパタパタと足音がした。
廊下の向こうから元気よく駆けてきた顔は、以前みせられた優しげな親友の妻によく似ていた。

リボーンの前の扉で止まると、肩で息をしている子供がジッと下からリボーンを覗き込む。

「お兄さん、僕のうちに何か用だった?」

「…お前が綱吉、か…」

「うん!」

ランドセルに背負われている感が拭えないこのやたらと目ばかり大きな子供が、親友の一粒種だった。
ひょろりと痩せっぽっちで、四方八方に飛び跳ねているミルクチョコレート色の髪の毛と同じ色の大きな瞳がひどく印象的だ。

父がどんな仕事をしていたのか知っているのか…いや、知るまい。
頭をひとつ振ると、大事な話があるんだと告げる。すると顔を強張らせてリボーンから顔を逸らすと鍵を開けて中へと誘った。


滅多に帰ってこない父と、小学生になったばかりの綱吉しかいないこの部屋は汚いの一言で目を覆いたくなるほど。
しかし、それも仕方のないことだ。
母は綱吉が3つの時にガンで亡くなってしまい、それからは泣き言をいうことなく綱吉が頑張ってきたらしい。
その綱吉はどうやらリボーンが訪れた意味を正しく理解しているようだった。

散らかった床の上にペタリと座り込むと、床に何かいるのではと思うくらい必死にそこばかり睨んでいる。

「オレはリボーン、お前の父親の…親友だ。」

「しんゆう…?」

「ああ、一番大事な友達だ。」

ふうん…と分かったのか分かっていないのか判断のつかない曖昧な表情を浮かべると、仁王立ちするリボーンの足元からその大きな瞳をしっかりとあわせた。

「父さんは?」

そう聞かれ、誰にでも無情なリボーンらしくなく言い淀む。
どうしてか声が出なかった。
ジッとこちらを見詰める瞳にどう言葉を紡げばいいのか逡巡していれば、綱吉がその瞳を瞼で隠して下を向いた。

「ごめんなさい…本当は分かってたんだ。父さん、死んじゃったんでしょ…」

泣きもせずにただ床を睨む綱吉は、やはりリボーンの来訪の意味を理解していた。
そういえば、以前家光が息子自慢をしている際に言っていたことを思い出す。オレの息子はすごく勘がいいんだぜ!と親バカ丸出しの酔っ払い顔でニヤ付いていた。しかしこれでは勘がよ過ぎだろう。
父親が帰ってこないと知って待っていたというのか。

らしくもない言葉が口を付いて出たのは、やはり友の死を寂しく思ったからなのか。この小さな子供を残していった友を思ってのことだったのだろうか?それとも…

「ウチに来るか…?」

床を睨んでいた小さな面がゆっくりとリボーンを見上げた。
手を差し出すとその小さな手はオズオズと差し出され、それをしっかりと握る。

小さな手だ。

大きな瞳からはようやく涙が溢れて、それが痛々しい。
抱きかかえてやると、驚くほど軽くてきちんと食べていたのだろうかと心配になった。

心配なんて他人に気を配るのは何年振りだろう。…いや、ひょっとしたら生まれて初めてかもしれない。
細っこい小さな身体と声を殺して泣く背中に手を当てて、ただ抱えてやるのが精一杯だった。


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