世界を渡り歩く仕事をしている兄とは、年が離れているせいであまり兄弟らしい思い出がない。 物心ついた頃から家に帰ってくることが少なくなっていたせいだと思う。 なんでもオレの今の年齢の頃には事業を興す準備に追われていたのだと聞いたことがある。 兄弟のせいか、これだけ年が離れているにも関わらずオレとジョットはよく似ている。 まぁ、オレは母さん似だと言われているから兄弟揃って母親似だということだろう。父さんに似ればよかったのにと、身体測定の時だけは思ったことがあるが。 そんな兄とまともに話をするようになったきっかけは、この甥たちにある。 兄は世界を飛び回り、その事業に何故か父まで駆り出されてこの家にはオレと母しかいない日々が続いていた。 そんな高2の冬の話だ。 そろそろ大学受験を考えなきゃなんて呑気な生活を送っていたオレは、雪のチラつく12月の夕方に一人の子どもが膝を抱えて家の門扉の横に蹲っているのを見付けた。 住宅街の舗装されているグレーの歩道には、珍しく雪が積もっていた。といっても、うっすらと淡いグレーになっている程度で、歩くには滑りやすいから気を付けるぐらいの積雪ともいえない風景が広がっている。 そんなグレーと暗い色に囲まれている中に、妙にはっきりとした黒を見付けて思わず視線が吸い寄せられていった。 住宅街だから小学生があちこちで遊んでいることが多いとはいえ、こんな日にはさすがに出歩く姿すら見掛けない。 そもそもすれ違うことすらない状況で、どうして座り込んでいる子どもがいるのかと首を捻った。 世界すべてを拒絶するように黒いコートに顔を埋めている子どもの横を通り過ぎながら、自宅の門を押し開ける。 すると音に気付いたのか蹲っていた黒髪の子どもが顔を上げた。 クリンとカールしている揉み上げに宝石みたいな黒い瞳。いくら外が寒いとはいえ寒さで白くなった訳ではないと分かる肌の色に驚いていると、子どもは寒さで青く変色している唇をぎこちなく動かした。 「ここはサワダという姓の家か?」 「あ、うん」 まさか日本語が返ってくるとは思っていなかったから面食らった。 慌てて門から手を離し、座り込んでいる少年へと身を屈め顔を覗き込む。 「うちは沢田だけど何か用?」 その時思い付いたのは、海外から転校してきたばかりの少年が近所のいじめっ子にうちの何かを取ってこいと命令されたんだろうと勝手にストーリーを作り上げていた。 それはひとえに自分がそんなことをさせられていたからなのだが、この少年は違ったらしい。 じっと黒い瞳をオレに向けたまま、懐から何かを取り出しオレの目の前に突き付けた。 「これがオレの両親だぞ」 いやいや、何でそんなものを見ず知らずのオレが見なければ……なんて思いながらも視線を落とすと。 少年を女にして色気と年齢を増したような女性の横には、なんとも見覚えのある顔があった。 茫然としながら渡された写真を何度見ても、やはり間違いない。 「……兄さん?」 そう声に出して呟けば、少年は年齢に似合わぬ重いため息を吐いて立ち上がった。 「ジョットの、いや父さんの兄弟なのか?」 父さんという言葉に衝撃を受けたオレは、何もない地面によろめいて門にしがみ付いた。 そんなオレを庇うように少年は意外なほど大きな手でオレの腕を掴んでくれる。 「大丈夫か?雪道にはその靴は危ねぇぞ」 オレのショックに気付かない少年は、やれやれと言った様子でオレのスニーカーを指差した。子どもに指摘される恥ずかしさに頬が熱くなる。 どっちが子どもなのかと言いかけて、いやいやオレも子どもなんだと気付く。 「オレはリボーンだ。お前は?」 「……ツナ、じゃない綱吉」 フンと鼻を鳴らしたリボーンは、子どもとは思えない余裕顔でニヤリと笑う。 「よろしくな、ツナ」 「え、あ……えぇぇ!」 オレが返事をするより先に、スタスタと玄関へと向かう背中を追い掛けて2人一緒に母さんの前に立ったのだった。 それからしばらくはバタバタと騒がしかったことを覚えている。 しかしオレはまだ学生だったせいで、どれほど母さんが慌てたのか兄さんが奔走したのかは知らない。父さんは相変わらず役立たずだったらしい。そこはオレが似たのかもしれない。 けれど甥という存在が現れたことには、別段動揺もなく受け入れている自分がいた。 母親に死なれてしまったのだと言うリボーンを仕事に忙しい兄が育てられる筈もなく、代わりに母が面倒をみることになった。 突然おばあちゃんになってしまった母は、しかしオレたちの母親だけあって肝が据わっている。 いつまで経っても兄と姉弟にしか見えない母だが、中身は家族の誰よりも男前で前向きだ。 イタリアからやってきたというリボーンを早々に兄の戸籍に移した母は、兄から預かったという名目で学校などの手続きを済ませるとオレの部屋に押し込めた。 当然オレは反発したのだが、扶養されている身では抵抗なんてムダなことだ。 そうこうしている間にまた一人増え、さらにもう一人と3人の甥があれよという間に沢田家に集うことになった。 そんなバタバタがあったせいだけだとは言い切れないが、つまりはオレの大学受験が失敗してしまった。 普通ならばお尻を叩いて奮起させるのだろうに母はまったく違った。喜んでいいのか、悲しむべきかは分からないが。 浪人してもいいのよ!と軽やかにのたまった母は、オレの受験も甥っ子たちの世話も放棄して父の元へと行ってしまったという状況だ。お陰で浪人3年目のいい訳が立つ。 ではなく。 ありがたいことに甥っ子たちはオレより随分としっかりしているから困ったことなどほとんどないが、強いていうなら受験のために時間が確実に削られていることは確実だった。 そんな我が家の近状に、またまた新たな登場人物が現れたらしい。 何度かけても繋がらない兄の携帯電話にメールを入れて、さてと後ろを振り返る。 いつもは気配を消して悪戯を繰り返しているのに、今は隠す気もないのか眉間に皺が寄ったままだ。 「プリンまだあるよ」 「誰がそんなモン……いや、貰うぞ。嫁の作ったものを残すのは男がすたるんだよな?」 最近はリボーンの中でこのゴッコ遊びが流行っているらしい。出会った頃からそんなことを言っていた気もするが突っ込んだら負けだ。 早く更生するといいなぁと思いつつ、リボーンの横を抜けて風くんの待つ居間へと歩いていく。 といってもそれほど広くない家だからほんの数歩で居間の扉の前までくると、後ろからついてきていたリボーンが手を伸ばしてオレの肩を引っ張った。 「……今回も風とかいうヤツをお前の部屋で寝起きさせるのか?」 「うん?そうだなぁ……それが一番いいよな」 初めての土地に、0から積み上げていかねばならない人間関係なんてさぞかし大変だろう。少なくともオレだけは君の味方なんだと応援してやりたい。 突然こんなところにやってきたのだからと同情する気持ちもある。 リボーンの時に自らのプライベートを諦めて以来、こうしてウチにやってきた子どもは慣れるまでオレの部屋で寝起きさせていた。 だから今回も同じだと頷くと、リボーンは物凄い目で睨んでくる。 「お前、バカだろ」 カチンときたが違うと言えない自分が悲しい。 リボーンに言われてしまえば項垂れるしかないのは、彼が年齢以上の知能を持ち合わせているせいだ。 今年も大学受験に失敗したせいかと眉を寄せていると、リボーンはオレの肩に手を掛けたまま顔を近付けてきた。 「何誘ってやがる。そんな目でオレ以外のヤツを見詰めんじゃねぇぞ!」 また病気が発症したのか。 これさえなければ純粋に可愛がってやれるのにと、迫りくる顔を両手で押して引き剥がした。 そこに後ろから声が掛る。 「どうかしたのですか?」 「なんでもないよ!!」 リボーンのせいでオレまでおかしいと思われては堪らない。 慌ててリボーンを突き飛ばすと、居間の扉から顔を出している風くんに向き直った。 「すみません、トイレを貸していただけますか?」 「あ、うん。こっちだよ」 申し訳なさそうな風くんを伴ってリボーンの横を抜けると、脱衣所の横にあるトイレの前に辿り着く。 くどいようだが狭いので、オレと風くんの後ろにリボーンが見える。 目を光らせているぞといった顔で腕を組みながらこちらに視線を寄越すリボーンを無視して風くんに顔を戻した。 「ここがトイレ。この隣の扉を開けると脱衣所で、その向こうが風呂場。基本的に洗濯や食事の支度はオレがしてるから、正直そこは期待しないでおいて」 「この前はオレのニット伸ばしやがったしな」 ついでにカシミアも縮めたのだがどうやらバレてないらしい。 視線を逸らして脱衣所から風呂場までを案内すると、風くんは二コリと人好きのする笑顔を浮かべて言い出した。 「よければ私が洗濯を受け持ちましょうか?朝の鍛錬の時間に洗濯機を回して、帰ってきたら干せば丁度よさそうです」 「……いいの?」 任せて下さいと頷く風くんに顔を輝かせていると、風くんの後ろからリボーンが間に割って入ってきた。 「何が目的だ?」 さも何かありそうに威嚇するリボーンに頭痛がする。バカ言ってるんじゃないぞと声を掛けようとすると、風くんは委縮することなくリボーンに笑い掛けた。 「何もありませんよ。これからお世話になるのなら、少しでも私がいてよかったと思って貰いたいだけです」 ひょっとしたら一番まともな甥(候補)かもしれない。 そう期待に胸が膨らんでいたオレに、風くんの次の言葉が届いた。 「叔父と甥なら結婚できますよね」 男同士は出来ないって!! 2013.04.12 |