マフィアと癒着していた政治家のジジイを殺すことが今回の依頼だった。その政治家のジジイを介してマフィアと繋がりを持った政治家のセンセイは、マフィアとの接点を暴露されたくなかったと見えてオレに殺しの依頼をしてきた。 今度の選挙で大統領選に出馬するとの噂は本当だとみえる。 裏庭からド派手な爆音を響かせて突入しているコロネロとラル・ミルチは囮の役目も背負っていた。 こちとらひっそりと闇に紛れることが本職だが、さすがにボンゴレの名を聞いたためにか辺りを囲む数が半端ではない。 照準を合わせてはトリガーを引いていく。バイパーのサイキックはかなり強くてこちらまでまいりそうだが、それには触れずに先に進んだ。 「平気かい?」 「何のことだ?」 フンと鼻を鳴らしたところをみるとわざとだったらしい。 どっちの味方だと問いかけたくなったが、少なくともオレたちは味方でないことだけは確かだろう。 そうこうしている内に壁に行き当たった。 「オイ、こんなところにあんのか?」 「多分ね。スカル、着いたよ。」 『分かった。』 イヤホン越しにそうバイパーが呟くと、カチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえ、すぐに雑音交じりの声が聞こえてきた。 『突き当たりの壁から先輩の歩調で2歩、その上15インチを撃ち抜いてくれ。』 端からきっちり2歩のとこで壁に向き合い、少し間合いを取って15インチ上を弾丸で打ち抜いた。 パチパチと機械の回路がショートしたような音が奥から聞こえ、その次にまたスカルがキーボードを叩いている。 数分と経たない間に駆けつけたマフィアの構成員らを撃ち取って、屍の山を築きあげるとやっとスカルから応答があった。 『撃った横を蹴ってくれ。』 返事もせずに蹴り上げると、いとも容易く扉がもげて奥へ繋がる地下通路が顔を覗かせた。 『まずは沢田のいそうな位置を教える。』 スカルの指示を仰ぎながら、バイパーを先に後ろをオレが守りながら奥へと足を踏み入れた。 人気のない地下はシンと静まり返っていて、本当にここにあいつがいるのかと半信半疑で歩を進めた。 余程、コロネロとラル・ミルチのドンパチに人員を割かれているのかあれから人っ子一人現れない。 カツン、カツンとオレの靴音だけが響く。バイパーはどうやら浮かんでいるらしい。 用心深いこいつらしいともいえるが、そんなこいつがわざわざ助けに行くだけの価値があの男にあるのだろうか。 ふと思いついた疑問を投掛ける前に、バイパーがボソボソと呟きはじめた。 「ツナヨシとはおまえと同じように助けられたんだ。でも、いまさら一般人に戻れる筈もない。分かるだろう?」 「ああ…」 「ボクは元の場所に戻ろうとしたんだ、なのにツナヨシは名前まで取り上げて経歴まで抹消した。だから今はマーモンって呼ばれてる。バカバカしいだろ?」 鼻で笑いながらも、どこか誇らしげに語るバイパーのフードに視線を落とした。 振り返らず、スカルの声に従ってオレに指示を出しながら進んでいく。 「ガキはガキらしく大人にたかってろ、があいつの口癖さ。仕事を干されてもう1年だ。そろそろ身体も鈍ってきたから、腕慣らしに来たって訳。」 みんな同じだと嘯く声に、強烈な羨望感が湧き上がる。 どうしたらそんな存在を手に入れられるのだろう。 頭を振ってガキ臭い考えを追い出すと、バイパーがくるりと振り返った。 「ここだって。」 指差した先には、鉄の扉が立ち塞がっていた。 辺りを見回し、赤外線センサーや監視カメラを壊してから中へとバイパーが声を掛ける。 「ツナヨシ、ツナヨシ!いるんだろ?返事をしなよ!」 ドンドンと扉を叩くと、中からうめき声が聞こえてきた。 息はあるらしい。 声の聞こえてきた位置から、扉の横にいるらしいことは分かった。 弾丸を入れ替え、バイパーを下がらせるとドアノブごと打ち抜いた。 ギィーと音を立てて開いた扉に飛びついたバイパーの後を追って、オレも中へと足を踏み入れた。 すえた匂いと淀んだ空気に、知らず顔が曇る。 「ツナヨシ!」 「んっ…あ、れ。なんでマーモンが?」 両手を手錠で拘束され、スラックスもジャケットも辺りに散らばり、シャツだけを纏った状態でぼんやりとバイパーを見詰めていた。 「薬か。」 あのジジイならいかにもやりそうだ。 薬の売買を通じて黒い繋がりのあるヤツらなら、この手の薬も容易く手に入るのだろう。 耳にした噂では、薬を餌に未成年を次から次へと誑かし、ジャンキーになった者はマフィア経由で闇に葬られているらしい。 焦点の合わない沢田の胸元を掴んで顔を近付けると、浅い息を繰り返していた唇が掠れた声で呟いた。 「君は、リボーンくん?……なんでここに?」 貸しを作りにきたと言いかけ、声にならずに喉の奥で止まる。 最初に会ったときは瞳に目を奪われた。 次に意識したのは同胞のこいつへの執着具合だ。 オレたちのような孤児は闇に紛れて生きていくしかできないのだとそう思っていたのに、こいつはあっさり飛び越えて普通の子供に戻ってもいいのだと手を広げてくれていた。 言葉にできなかったそれに自分の幼稚さが窺える。 欲しいと言えればどんなに楽だろう。 胸倉を掴んでいた手を下ろしてベッドの上に座らせると、手を持ち上げさせる。 キョトンとしながらもオレの言葉に従って腕を大きく上げたところで手錠の鎖を撃ち抜いた。 「ちょっと!ツナヨシに当たったらどうするんだい!」 「んなヘマはしねぇぞ。」 「あはははっ!本当に知り合いだったんだ、仲いいんだな。」 「「誰が!」」 ハモった声を聞いた沢田がゲタゲタと笑い転げる。バイパーと視線を合わせずに互いに余所を向き合うと、やっと笑いをおさめた沢田がスラックスに手を掛けて身支度を調えはじめた。 見るとはなしに目に入った肌は陶磁のように肌理細やかで、見てはいけないものを見てしまった気分で視線を慌てて逸らした。 「サンキューって言っていいのかな…」 ぽつりと零れた言葉に振り返ると、へにょりと寄せた眉が情けない顔でこちらに視線を向けた沢田は苦笑いを浮かべていた。 近寄っていたらしいバイパーの頭を撫でる手に苛々する。 チッと舌打ちしたのは自分に対してだ。 それを勘違いした沢田がごめんと零した。 「それはいい。だが何でてめぇは一人であんな変態ジジイの懐にまで潜り込んだんだ?次期ボスならカポはいるんだろうが。」 「え、えーと…あんまり尻尾を掴ませないんで、内緒で潜入しちゃった。」 「このバカが!」 悪びれない顔に怒りが募り、大声で怒鳴ると亀のように首を縮めた。 それを見ていたバイパーも半眼になってとどめを差す。 「君、バカ?」 「ううっ!でもさ、本当に危なくなったら連絡がつくようにはしておいたんだよ?」 そういい訳をする自称大人にオレもバイパーも呆れ顔だ。すると、バイパーのトランシーバーから雑音交じりの声が響く。 『沢田…お前の部下がやっと到着した……合流後、こいつを引き渡す。……以上だ…』 ラル・ミルチの声に混じり、ジジイの悲鳴が漏れ聞こえた。 どうやらコロネロが縛り上げているらしい。もっとやってやれと言いかけてそれもムダだと気付いたからだ。 イタリア軍直伝の拷問のような縛りを披露していることだろう。 埃まみれのジャケットを拾った沢田は、手錠のせいで羽織ることを断念するとブツブツと文句を言っていた。 新品だったのにとか、あまりにみみっちい。 その背中にオイと声を掛けると、やっと薬が切れてきたらしい顔が振り向いた。 暖かい眼差しにたじろぎながらも必死で手を伸ばす。 「オレは今更戻れねぇし、戻るつもりもない。」 「…うん。」 「だがてめぇがオレを殺したと言ったせいでもう元にももどれねぇ。」 掴み取った沢田の左手はあまり大きくはない。 その中指に光る指輪を視界に入れて手の甲に口付けた。 「だからこれからは、てめぇの専属になることにした。」 「って、ええぇぇえ!?」 「なに勝手に言ってるのさ!」 騒ぐバイパーを無視して、驚きの声をあげる沢田の手の甲から唇を離す。 握ったままの手を離す気は更々ない。 この感情がどこに属するものなのかまだ答えは出ていないが、ずっと傍にいればいずれ分かるときが来るのではないだろうか。 生き急いでいたオレが初めて与えられた社会的猶予期間を楽しむ。 子供であることを最大限に生かして、どれだけ自分のペースで物事を運べるか。 「楽しみだな。」 そうこれからが楽しみだ。 終わり |