虹ツナ | ナノ

2.



目を覚まして一番最初に目にしたのはクリーム色の天井だった。
辺りを見回しても何の変哲もない普通の部屋に見える。
手枷もされていなければ足枷すらされてない。ズキズキと痛む腹以外は薬を盛られた様子も身体を起こすと、ベッドより少し離れたドアから女が一人入ってきた。

「起きたか。」

「てめぇ…」

ざんばらに切られた髪に、頬に残るやけどの痕。ゴーグルを無造作に取り払って近付いてくる顔には見覚えがあった。

「ラル・ミルチか?」

「ああ、久しぶりだな。孤児院を出て5年経った、か。」

元々起伏の少なかった表情は5年経っても変わらなかったとみえる。押えた声は昔を懐かしむものではなく、厄介事を押し付けられて辟易している様子が読み取れた。
同じく無表情でラル・ミルチを眺めれば、チッと小さく舌打ちする。

「お前は沢田によって殺されたことになっている。もう殺し屋のリボーンはいない。そこにある金と服を着てどこへなりとも出て行け。」

「なに?」

枕元にある鞄を引き寄せると、銀行のキャッシュカードとともに通帳が入っていた。今まで稼いだ金額のゆうに10倍は振り込まれているそれに、呆然と視線を落としていると頭の上からまた声が掛かる。

「沢田の意向は伝えた。オレはもう行く。お前は好きにしろ。」

言うだけ言うとあっさり踵を返すラル・ミルチに待てと背中にぶつけた。

「沢田と言ったな。イタリア最大のファミリーのボスが代替わりをしたのは最近だ。しかも先代がカポの反対を押し切ってジャッポーネを、」

「もう過去のことだ。お前に知る権利はない。」

止めた足をまた踏み出したラル・ミルチを後ろから締め上げる。痛む腹のせいでわずかに遅れる体捌きでも気道を塞ぐことくらいなら朝飯前だ。

「…あいつはどこにいる?オレはオレのしたいように生きてきた。施しなんざいらねぇんだ。」

「ぐっ…さわだは、今…いない。お前を…助けたせ、いで…身元がバレてな…」

そこまで聞けばバカでも分かる。ラル・ミルチを離すと枕元に置かれていた服に袖を通しはじめた。
それを見たラル・ミルチは咳き込みながらも息を整え、喉をさすりながら大きく息を吸い込んで呟いた。

「どうする気だ?せっかく一般人に戻れるチャンスなのに、棒に振る気なのか?」

こちらを睨み付ける瞳の色に気が付いて、クククッと喉の奥で笑う。

「オレはオレのやりたいようにやる。いいから銃を返せ、思春期。」

「へ、変なことを言うな!オレは、あいつに助けられた借りを返したいだけだ!」

赤らんだ頬を隠すようにゴーグルを被ると、ついて来いと顎をしゃくってドアに手を掛けた。
ふと思いついたようにこちらを振り返るととんでもないことを言い出した。

「コロネロもスカルもバイパーも居る…みんな、あいつがお節介を起こしたせいで仕事を干された連中だ。」

「……とんでもねぇバカだな。」

コロネロは軍人として、スカルはマフィアの軍師として名が知れていた。バイパーは名前こそ変えていたが、幻術を使いが暗殺部隊にいると噂になっていた。間違いなくバイパーだろう。
ふと、そういえばこいつは今まで話題にのぼらなかったことを思い出した。
助けられたと言っていたのならが、どこから助けられたのか。

着心地はいいが着慣れぬ普通のシャツとズボンに眉を寄せていると、ラル・ミルチのマントの中から愛銃が姿を現した。
2丁を両手に持ち、構えるでもなくこちらを見詰める。

「これを再び手にしたら、2度とチャンスは訪れないかもしれない。それでもいいのか?」

その顔にニヤリと笑い返す。

「そんなもん、あのバカ野郎を目の前にしてから決めるぞ。」

そうか、という呟きと共に投げ付けられた愛銃を掴み取り、居心地のいい鳥かごから自らの足で歩きはじめた。










いつもの仕事着に着替え、ボルサリーノを少し深めに被ると懐にある2丁の愛銃に触れ確かめてから下された指示通りに動き出す。
忌々しいがスカルの情報網が役に立っていた。

夜の帳が下りた街は、いつもよりずっと静かだった。
暗殺の機会を窺っていた時でも、ここまでひっそりと他を寄せ付けないような密やかさはなかった。
ボンゴレという巨大なファミリーに目を付けられていたことを知ったターゲットとその周辺が警戒をしているためだろう。

気配を消し、まだ成長中の己の身体を闇に溶け込ませて建物に近付く。
別方向からターゲットに近付いているだろうコロネロとラル・ミルチ組と、オレとバイパーの2手に分かれて潜入を試みていた。

指示された突入の時間まで少し間が空いている。
すると今まで黙っていたバイパーが、ボソボソと呟きはじめた。

「…おまえはなんで沢田を助けに行くことにしたんだい?」

昔から男とも女とも分からぬ格好をしていたバイパーは、やはり変わることなくフードを目深に被り性別が不詳のままだ。
他人は金蔓としか認識していなかったこいつが、どうしてここにいるのか不思議に思いながらも視線をバイパーに向けると引き結ばれた口許がムッと不満げに尖った。

「借りを返して、でっかい借りを作れる…とでも言や、納得すんのか?」

「フン。相変わらず腹の読めないヤツだ。」

「互いにな。」

金で縛られている訳ではないらしいバイパーと沢田の関係に、少し興味が湧いた。
それにつけてもこんなに悠長にしていて平気なのだろうか。
バイパーに訊ねるのも癪だが、助けにいって殺されていましたでは洒落にならない。仕方なくバイパーに訊ねるとフフンと鼻で笑われた。

「なに、おまえそんなことも知らずにここに来たのかい?まあいいよ、特別にタダで教えてあげる。沢田はまだ、正式なボンゴレのボスになっていないんだ。だからボンゴレの構成員だとはバレても、まさか次代のボスだとは思ってもいないんだろう。精々、ボンゴレの内情を聞きだすために拷問を受けてるくらいじゃない?」

事も無げに言うが、ふいっと視線を建物に向けてはまた口許を尖らせた。

「成る程な。だから早く助けてえんだな、てめぇらは。」

言うとフードの中からギラッと瞳が光った。分かりやすい反応に、ラル・ミルチと一緒なのだと知る。
あんな昼行灯のような男のどこがいいんだか知らないが、強いてあげるとするならばやはりあの瞳だろうか。
あるがままの自分を受け止めるような瞳の色は、とてもマフィアのだと思えない。

バイパーの持つトランシーバーから突入の合図が聞こえてきた。
拳銃を片手に握り、バイパーを伴って闇から抜け出した。


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