虹ツナ | ナノ

10.



イタリアからの渡航の船に乗り込んだのは、ボヴィーノの情報網にあの男の足跡が引っ掛かったからだ。
マフィアで育ち、そこでヒットマンとなるべく育てられたオレはある一人の男と出会った。
年の頃は同じか、ひょっとしたら相手の方が少しだけ年上なのかもしれない。とにかく現場という現場でオレの鼻先から獲物を掠め取っていくやり口がヤツだと知れる。
そんな鮮やかな殺しの手口を見せつけられて、しかもオレの手柄を横取りしていく憎い男。
アルコバレーノだとか、ボンゴレの専属ヒットマンだとかは知っていても、姿形も人となりも知らない。
だが、オレから獲物を取っていったことだけは確かだ。
船酔いで青白い顔をしている自分の姿を鏡に映し、その顔をどうにか上げると気合を入れ直す。

「よし!今度こそあいつを…リボーンを倒してオレがマフィアNo.1のヒットマンになってやる」

あと数時間で辿り着くジャッポーネの地に潜んでいるというあの男に一泡吹かせてやるべく背筋をピンと伸ばして立ち上がるも、すぐに気持ち悪さに眩暈を覚えて床の上へたりこんだ。







綱吉はいつものように学校からの帰り道を急ぎ足で駆けていた。今日は春休みが終わったばかりの新学期2日目。
学年が1つ上がり3年生になった綱吉は、それでも1年生と間違えられる小柄な身体に大きなランドセルを背負いいつもの場所と向かっている。
リボーンの次の仕事が決まらないということで、今日もイタリア語教室にいる筈なのだ。そんな些細なことが一番嬉しくて、だから駆けずにはいられない。
養父であるリボーンには注意力散漫だとお小言を貰っていても、それでもリボーンと一緒にいられる時間がたくさん欲しくて綱吉は体力のない自分の身体をどうにか騙し騙し動かしていく。
けれどほんの3分走ったところで綱吉の足は速度を鈍らせて動きが緩慢になっていく。ランドセルも先ほどよりズシリと食い込んだ。
それでも諦めずに前へ前へと足を進めていくと、慣れない運動と意識がリボーンに向いていたせいで前が疎かになり曲がり角で何かにぶつかった。

「いてて…っ、」

小柄な綱吉はぶつかったせいで後ろに転がされ、相手も何故だか同じようによろけて転んだ。
これは自分が悪かったと綱吉が慌てて目の前の人に顔を向けると、随分とひょろりとした印象の男が座り込んでいた。

「あの…大丈夫ですか?」

転んだ拍子に頭でも打ってしまったのか、男は呆然とこちらを見詰めている。急いで綱吉は男の前に立つと手を差し伸べた。
しかしその手は掴まれることなく払い除けられる。

『〜!〜…tunayoshi?』

リボーンたちが教えている言葉のような気もするが、綱吉にはいまだによく分からない。分かったのは最後に自分の名前があったような気がしただけだ。
首を傾げて男の顔を見る。どこかで会ったことがあっただろうか。
頼りない記憶の糸を辿り、まだ10年にも満たない人生の名簿を彷徨ってはみたけれど、どうにもこの顔は思い浮かばなかった。
そもそも、この男の使う言葉がイタリア語だったとしたら自分ではなくリボーンか父さんの知り合いだろう。
これはリボーンに会わせた方がいいかなと考えを纏め、それをどうこの男に伝えようかと思い悩んでいれば、男は綱吉の前にスクッと立ち上がった。

『〜〜!』

「えーと、言葉が分からないんだけど」

何かを訴えかけるように綱吉に語りかけている。けれども綱吉には伝わらない。言葉の壁を前に、綱吉と男は途方に暮れたように見詰め合った。
やはりリボーンのところに連れていくのが一番早道だと思う。言葉じゃ伝わらなくても、手を繋いで案内してあげればいいだろう。
振り払われてしまった自分の手をもう一度男に向かって差し伸べる。
小さい手だな、と自分でも思った。
自分では何も持てないから、リボーンが何でも肩代わりしてくれていて、それは何でなのか今の自分では知りえない。
本当の親子のように思っていてくれることは重々承知していても、それだけでないこともどこかで気付いていた。
獄寺さんが自分のことを10代目と呼ぶこと、それから骸さんが変わらないでと自分に言い聞かせることが、どこかで繋がっている。
自分の周りに集まる大人たちはどこか歪ですごく真っ直ぐだ。
どうして今そんなことを考えてしまったのか分からなくて、ぼんやり上げた手を宙ぶらりんにしていれば、男はその手を取らずに綱吉の身体を持ち上げた。
身長はそこそこあってもひょろりとした印象だったから、まさかそう来るとは思ってもみなかった。
この男が何をしたいのか、どうすればいいのかと迷っていた綱吉を担ぎ上げたまま何事かを叫んで歩き出す。
そこを丁度通りかかった山本の父に見咎められた。

「おっ!そこを攫われて行くのはツナくんじゃねぇか!やい、牛柄シャツの男!うちの倅の将来の嫁になにしやがる!」

「ええぇぇえ?!ボク男だからムリ…っていうか、そんな風に思われてたの?」

意外すぎる山本父の言葉に綱吉が声を上げていれば、それに慌てた様子で男の足が速まった。

「この野郎、逃がすか!」

『〜!』

追う山本父、逃げる牛柄シャツの男。綱吉を攫うという暴挙に出た割りに情けない顔で必死に逃げる男は、広い幹線道路まで逃げ出すと止まっていたタクシーに飛び乗った。

「はやく!ここに、いく!」

カタコトの日本語と地図らしき紙を運転手に押し付けて乗り込むと、山本父の手が掴むより先にタクシーの扉は閉じられた。
パタン、と閉まった扉の向こうで桶を片手にドアを叩いた山本父の形相に運転手は驚いてタクシーを発進させてしまう。

「びっくりした…お客さん、食い逃げでもしたのかい?」

「違うんだ!たすけ、フググッ!!」

男の優男的な容姿に安心しているのかそう気軽に声を掛けてきた運転手に助けを求めようとしても、綱吉の口を男は塞いでしまい声も出せない。

「どうしたんだい?」

言葉が分からないのか、男は首を振ると早くとだけ繰り返し運転手を急かす。
綱吉は口を塞がれたまま、並盛から少し離れたホテルへと連れ攫われた。







午後3時を回った時計の針を見て、リボーンとその他2名は眉を顰めて教室の出入り口に視線を投げた。

「ちょっと失礼ですよ!ボクのことをその他扱いするとは…貴方何様ですか!」

「リボーン様だぞ」

骸の抗議に白けた調子で返すリボーンと、その横で掛け時計と出入り口とそれから腕時計を確かめてばかりいる獄寺が席から勢いよく立ち上がった。

「遅いです…いくらなんでも遅すぎます!10代目の下校時間は2時半。ここから学校まで10代目の足でも10分と掛からないんです!オレが見て来ます!」

いきり立つ獄寺にリボーンは首を振ることで足を止めさせ、それからもう一度時計に視線をやると何かを確かめるように顔を伏せた。
耳を澄ましているようにも見えるリボーンに、獄寺も外の音を拾おうとすると、突然胸元の携帯電話が呼び出し音を奏ではじめた。

「もしもし…!あぁ?山本か、煩ぇな。今はてめーの相手をしてる暇は」

『待てよ!切るなよ!!ツナが攫われたんだ!』

山本の声が獄寺の携帯電話越しに響く。それに息を飲んだ骸と獄寺は物音ひとつ立てないリボーンを振り返る。

『今、親父が出前でツナに出くわしたって…そこで見たこともねー外国人の男に担がれてるのを見て追い掛けたんだが取り逃がしちまったって』

「なんだって…!ちくしょう!」

獄寺は大声を張り上げることで自らの動揺を身体の外へと吐き出す。後悔よりこれからを、出来なかったことより出来ることを選び取るために顔を上げた。
山本のもたらした情報に微動だにしなかったリボーンが、踵を返してその場から歩き出すと骸が後に続く。本日臨時休校の看板を立て掛けた獄寺は山本からの電話を切るとそれに倣った。

「君の『お友だち』ですか?」

「バカ言え。あんな格下を相手にした覚えはねぇ」

「ということは、やはり心当たりがある…と?」

更衣室として使用している部屋に足を踏み入れた3人はそれぞれの衣装へと袖を通す。その間にも骸へ思念を送り続けている声があった。無論、クロームだ。

「で?どうして綱吉くんを?」

クロームのもたらした情報に耳を傾けながら、一方でリボーンの失態を嘲笑うかのように言葉を投掛けた。
そんな骸に振り返りもせず、リボーンは帽子を片手で掴むと鏡の前へ足を向ける。

「肝心なのはそっちじゃねぇぞ」

「はっ!」

戯言を、と笑おうとして何かに思い当たったのか骸が顔を強張らせた。

「リボーンさん、指示を」

いつもとは違う、ブラックスーツ姿の獄寺がそこにあった。


2012.04.09




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