こたつには魔物が棲んでいる。 そうリボーンから聞いていたツナは最初の頃、絶対にそこに入ろうとはしなかった。 父親と暮らしていた時には、そういったものを家に置く習慣がなかったので、初めてそれを見たのは骸や獄寺たちと暮らし始めてからだ。 そもそも晩秋から冬のはじめというのは子供にとってさほど寒いものでもない。 学校に通っていればなおのこと家でじっとしている時間も限られてくるから、こたつに入らないでいることも出来たのだ。 しかし、である。 学校には冬休みというものがある。何故か見計らったようにクリスマス前後になると寒さが厳しくなってくる室内に、みんなが集まる場所。そこにツナだけ混じらないということは出来なかった。 折しもその日はリボーンが『お仕事』で、朝起きたら雪まで積っていた。 冬休み2日目、リボーンの留守を任された面々がツナと遊ぶために一日スケジュールを空けてくれていて。 それで雪遊びをしない訳がない。 骸、獄寺、山本、笹川の大人4人と子供1人の雪遊びは次第にエスカレートしていき、最後には骸の幻術に泣き出したツナの声でお開きとなるまで半日も外にいた。 冷えた身体を温めるためにと風呂に入れられ、ほこほこになって出てくれば、件のこたつが畳のある部屋に用意されていた。 「今日は鍋を用意してますんで、その部屋で暖まっていて下さい。鍋も雪見鍋です!」 「って、獄寺さん顔真っ青だよ!早くお風呂入ってきて!」 どうやらじゃんけんに負けた獄寺がその日の食事当番になったらしい。 ただでさえ健康的とはいえない獄寺の顔色が益々青白くなっていて、ツナは慌てて獄寺の背中を押して風呂場へ連れて行った。 そこへ丁度、風呂から出た山本と入れ替えに脱衣所に押し込むと、山本がそれを目ざとく見つけてツナの手を引くとこたつのある部屋へと一緒に戻る。 「こたつ持ってきたのオレなんだぜ。湯ざめしたらヤバいから入って待とうか」 「そうなの…?お化け出るんじゃないんだ?」 「はははっ!面白ぇこと言うんだな!そうしたらみんなの家にもいることになっちまうぜ?」 山本の返事にようやく納得したツナが恐る恐るこたつ布団の端を掴む。山本を見れば気にした様子もなくすぐに足を入れているから、大丈夫らしいと頷いてツナは中を覗き込んで叫んだ。 「赤いよ!中が真っ赤だよ?!」 「ああ、遠赤外線とかいう光りだかららしいぜ。ちなみに頭から入るのはナシな」 「……う、うん」 言われて突っ込みかけていた頭を出すと、山本の隣に席を移して同じように足を差し入れてみた。 「暖かいだろ?」 「本当だ…」 今までで一番寝床に近い暖かさだ。伸ばした足の先を照らすように温かい空気が包み込み、ゴロンと寝転がれば足の先から肩まですっぽりと収まる。 まるでリボーンに抱っこして貰っているような温かさにツナは目を細めるとこたつ布団をぎゅっと握りしめた。 「気に入ったよな?」 「うん!……でも、リボーン怒らないかな?」 「平気だろ」 魔物がいるとツナに嘘を教えるほど、リボーンはこたつの何がダメだと思ったのか。 クリスマス2日前のその夜を境に、ツナの家にはこたつという暖房器具が一つ加わり、それをみんなで囲んで一日を過ごすという怠惰を覚えたのだった。 年を跨いでやっとリボーンが仕事から解放されて帰ってきた頃には、こたつから出られないほど魅了されたツナがいた。 いつもならば帰ってくる時間までぴたりと当てて玄関の前で待っていてくれたのに、その日はこたつから顔を出してお帰りと一言あっただけだった。 けれどそれは年の瀬から年始にかけて風邪をひき込んだからであり、それでもリボーンの帰りを待ちたいというツナの強い願いと、周囲のツナを想う気持ちとの折衝策でもあったらしい。 下がりかけの熱のせいでまだうっすら潤んでいる眦を見ると、こたつから引き摺り出すことも出来なくなる。 しかもリボーンの言いつけを覚えていたツナは、こたつに包まっている自分の姿を後ろめたく思っていることがバレバレの顔で見上げてくるから余計に切ない顔だ。 仕方ないとため息を吐けば、ビクっと小さい肩が揺れるからこたつ布団を掛け直してやると隣に座った。 「もう少ししたら寝に行くんだぞ」 「うん、」 リボーンの声に安堵したツナは、それからリボーンの手を握って幸せな夢の世界へと旅立っていった。 そんなツナとこたつとの温かく幸せな日々は突然終わりを告げた。 しばらく仕事がないからとリボーンに告げられ、春休みには遠出をしようと約束をした修了式の日。 まだ来ない春の訪れを心待ちにしながらも、こたつでまどろみ他愛もない話をする一時を心待ちにして家路に着けば玄関で出くわした骸がすまなそうに苦笑いをしていて目を見開く。 どうかしたのだろうか。リボーンがまた、何も言わずに仕事に出ていってしまったのではと慌てて家中を探しまわれば、くるんとした揉み上げを見付けてほっと息をついた。 「リボー…ん?」 和室の部屋の違和感と、それからリボーンの手にしているそれに首を傾げた。 どうにもそれが見覚えがある。木目調の太い棒状のそれは4本あって、リボーンの身体の向こうには大きな天板がふすまに凭れかかっていて。 鈍いとよく言われるツナだったが、さすがに毎日見ていたそれを忘れることなどなかったようだ。 あ、と顔色を変えたツナに片付けをしていたリボーンはようやく気付いたフリをして振り返る。 「おかえりだぞ」 「……ただいま、あの、それ…」 大好きだったのだ。温かくて、みんなが集まる場所。ここに居れば誰かが必ず顔を見せてくれるから。 仕舞われていくこたつを見て、ツナの大きな瞳から涙が滲む。それを見付けたリボーンは嘆息するとツナに近付くとふわふわの髪の毛を手荒く混ぜた。 「泣くな。あのな、こたつは身体に悪いんだぞ」 「そ、なの?」 泣くなと言われてどうにか我慢したツナが訊ねると、リボーンはああと頷いた。 「少しだけなら構わねぇが、ツナみたいに一日中だとダメなのは分かるか?」 「ううっ」 外で遊んでこいと言われても、無視してゲームをしていたことを思い出す。それも1回や2回じゃないからバツが悪いにもほどがあった。 唇を噛んで俯いたツナに、リボーンは視線を合わせるように腰をかがめて顔を覗き込んで言った。 「それにな、こたつはオレから一番大事なものを取っていったんだぞ」 リボーンの言葉に驚いて顔を上げると、リボーンはわざとしかめっ面を作って眉を寄せる。 「ツナとこうして目を合わせてしゃべる時間だ」 「あ…っ」 言われて久しぶりに目と目が合ったことにツナは気付いた。 こたつにもぐっていた日々には、決して合うことのなかった瞳。黒い瞳を見上げるとリボーンは満足そうに笑みを浮かべている。 「ごめんなさい」 身体を折り曲げるようにぺこりと頭を下げてから、怖々リボーンの顔を覗きこめば、リボーンは少し驚いたように瞼を瞬かせ、それから身に着けていたエプロンを取るとツナを抱き上げてくれた。 「だから言っただろう?魔物が棲んでると」 「本当だ…怖いね!」 全部魔物のせいにして、互いの顔を覗き込んでいる2人の向こうで、こたつを持ってきた山本が吊るし上げられていたことをツナは知らない。 それから春休みの間中、寒いからとずっとリボーンの膝の上にツナが座っていたことまで計算されていたことも…。 おわり |