右を見ても左を見ても黒いスーツの男だらけ、ひょろりとした細身で中背な自分など周囲から見えなくなっているのだろうことだけは分かる。 どのみち周囲は黒服だらけだが。もっと言えば軟禁状態のこの場には黒服の男たち以外はいなかったりするのだが。 ぐるりと囲む男たちの隙間を縫うように見回すと、いかにも高そうな調度品や座るソファの座り心地のよさ、窓から見える景色などを考えるに、アレだ。ロイヤルスイートなる部屋ではなかろうか? 「……」 顔を引き吊らせ、そういえば最近こんな物騒事ばかりに遭遇しているなぁ…と意識を飛ばしていた。 今はそれしか出来ないので。 ****** 風紀委員拉致事件から、獄寺と山本は綱吉をひとりにしないよう常にどちらかが側に付いているようになった。 それから、放課後になるとどこからともなく現れるイタリアンな小学生5人組は、今日も今日とて綱吉の帰り道を襲撃しにやって来た。(マジで襲撃されるのだ。綱吉にはかすりもしないが、近くの草むらや電柱などによく当たっている。) どうやら本当に獄寺とリボーンは知り合いだったようで、上下関係が成り立っている。 しかもリボーンが上らしい。 「今日も異常はありませんでした!」 嬉しそうにリボーンに報告する獄寺。いいのかそれで。綱吉の右腕として認められた気分でいるらしい。グレてやる。 …ところで右腕ってなあに?それって美味しい?? 「んな訳あるか。てめぇもいい加減、往生際が悪いヤツだな。ここまでイタリア尽くしだっつー時点でマジで気付かないのか?気付いているから恍けてんのか?」 「うるさい。心の中までつっこむな!」 ぷうっと頬を膨らませてリボーンを睨める。 それを見てぬるい眼差しでイイコイイコしてくれた。っていらねーよ! 「リボーンはそっち関係で来日したが、オレたちは違う。オレはお前の父親からお前の護衛として、コロネロは休暇だそうだ。マーモンはお前の従兄からの差し金らしい。」 「スカルは?」 「オレはお前を見に来た。カルカッサにとって脅威になる男かどうかをな。」 「カルカッサって何だか聞きたくもないけど、オレ如きがスカルの脅威にならないって思ったから一緒にいるの?」 そこは聞いとけ!とリボーンが煩いがほっとく。ヒットマンの言うことなど碌なことじゃないに決まっている。 「…それとは別だ。」 左右から拳と足が飛んできた。紙一重でかわしたが後ろからのやかんを避けたら正面から飛んできた弾丸には掠った。 何でやかん? 「パシリが。キモイから頬染めてんじゃねぇ。コレはオレのだ。」 「パシリじゃない!あんたのじゃないだろう。横暴だぞ。」 「誰がてめぇのだ、死んで来いコラ!」 「地獄を見てみるかい?…見つけたのは僕が一番先なんだから、権利は当然僕にあるでしょ。」 「ふん。お前ら、勘違いしているな?綱吉は男だから女のオレが相応しいぜ。」 「こらこらこら!お前ら何の話をしてやがるんだ!ちびっ子はお断りだぁ!!」 「十代目ぇ…オレはどんなことがあっても付いていきます!」 「ハハハハハッ…何にもないからね!?」 縋るような眼差しでオレを見るのは止めてくれないかな、獄寺くん!ついでに十代目って何。いや言わなくていいや、むしろ言うな。 そんな馬鹿なコントを繰り広げていると、道いっぱいに黒塗りのりっぱな車がオレたちの前後を囲んでいた。 獄寺くんと子供たちは勿論気付いていたようで、コロネロの背に庇われたオレの周りには拳銃にライフル、ダイナマイトやナイフなどの武器が見え隠れしていた。しかもひょいっと抱えてコロネロに立ち位置を移動させられたのだ。この前の一件でも思ったが、どうしてそんなに軽々運ぶのかな。襟をつまむな、猫の子じゃない! 「軽すぎだぞコラ!もうちょっと食え。」 「そこがいいんじゃねぇか。すぐに追い付いてやるぞ。」 今はそんなこと言ってる場合じゃねぇ! 「おまえら、緊張感がないなぁ。」 黒塗りのでっかい車(ベンツか?)から降りてきたのは、ハリウッド俳優も真っ青な美形。…足なが!! 美形を見慣れているオレでもこんないかにもな美形はお目にかかったことがない。金髪に深いグリーンの瞳、少し垂れ気味の眦が庇護欲をそそる感じだ。 「それはこっちの台詞だぞ。一々大勢の部下を連れてこねーとまともに動けねぇのか。また鍛え直してやるか?」 「勘弁!」 リボーンの言葉におもいっきり首を振っている。分かるよ、コイツ絶対サドだもんね。 それにしてもみんな日本語上手いなぁ。この人も明らかに外国人みたいなのに、どういうことだろう? 「よう!はじめましてだな、ボンゴレ十代目。オレは同盟のキャバッローネファミリーのディーノだ。」 「…はじめまして。さようなら!」 ディーノさんの登場で敵ではないことを知った子供たちは緊張を解いていた。その隙にコロネコの背から逃げ出すと、車の隙間から駆け出そうとした時だった。 びゅん!と飛んできた何かに足を取られると、みっともなく地面に顔をこんにちはさせられる。 うううっ痛ぇ!これ以上低くなりたくないので鼻を擦って撫でながら足元を確認する。 「鞭?」 「自己紹介もなしに逃げ出そうとするなよな。ツナヨシだっけ?ツナでいいよな。」 黒服の男たちを引き連れたディーノさんが、オレの足元まで近寄ってくる。 オレと同じ運命の人(リボーンに構い倒される)だと思っていたのにとんだ見当違いだった!この人もサドだ。鞭使うボンテージルックな女の人を思い描いて噎び泣いていると背中からぽん!と手がかかる。 いつのまにそこに来やがった、悪魔の申し子め。 「こいつの武器は鞭だが、てめぇと同じ属性だぞ、安心しろ。つーか何逃げ出そうとしてやがる。ボンゴレの親父からの遣いだろうに、それに背を向けるヤツがいるか。」 「属性って何?!ボンゴレなんて知らないよ!」 往生際悪く喚いていると、鞭を絡みつかせているので動けない俺をディーノさんはひょいっと俵のように担いで車に乗せた。 「こんなところでする話じゃないしな。他のヤツらも乗れよ。」 今月に入って何度目の誘拐だろうか。星の巡りが悪い時期なのかな…。 そんなこんなで、気が付けばディーノさんに連れられてでっかいホテルに軟禁されている訳だ。 ちなみに鞭は部屋に着くまで外してくれなかった。鞭に巻かれているは、超絶美形にお姫さま抱っこされるはで恥ずかしくて顔なんか上げられなかった。だからホテルということは分かったがどこのかは分からない…無事に帰して貰えるのかな、オレ。 この件に関しては、獄寺くんもリボーンも味方にはなってくれないと勘が告げている。 だからこそ逃げ出そうとしたのだし、今まで逃げ回っていたのもこのせいだ。 今は黒服の人たちに囲まれて、逃げ場がない状況にある。 オレをこの部屋に軟禁するとディーノさんとリボーンたち5人、獄寺くんを連れて別の部屋に行ってしまった。何を話しているのかは知らないが、いいことではないだろう。 ふうっと息を吐くと、ディーノさんの右腕らしいロマーリオさんがオレンジジュースを差し出して横に座る。 「突然来て、いきなり連れてきちまって悪かったな。うちのボスは言い出したらきかなくてよ。」 「あ……いえ。こうしないと逃げるってじいさんから聞いてたんじゃないですか?」 「どうかな。……ボンゴレはイタリアに来たことがあるか?」 「ええ。小さい頃に父と母に連れられて。…今思えばあれがじいさんのお屋敷だったんですね。」 ロマーリオさんは落ち着いた感じの大人で、気が付けば今まで蓋をしていたことをするりと口端に乗せてしまっていた。 意外と覚えているもんだなぁ…あの屋敷のこと。 広くて、珍しい物がいっぱいあって、人はいっぱいいるのに何故か寂しいところだった…オレより少し上のお兄ちゃんと遊んだことも記憶にある。 「XANXUSさんは元気ですか?オレ、前に行ったきり逢ってもいないんです。電話もしてない…掛かってきたこともあったけど、丁度電話に出られないことが続いて…今は音信不通なんです。」 ロマーリオさんは目を見開いてジッとオレを見つめる。 何かおかしいこと言っただろうか? 「XANXUSってヴァリアーのボスの…?すげぇのと知り合いだな。元気が良過ぎて九代目が手を焼いてる。」 「よかった!不機嫌そうな顔してるけど、面倒見のいい従兄なんですよ。」 ロマーリオさんが肩を震わせて寒気を堪えるような仕草をした。ここの冷房が効きすぎてるのかな? がちゃりと音がして、振り返るとディーノさんとリボーン、マーモン、獄寺くんが入ってきた。 コロネロ、ラル・ミルチ、スカルは別室にいるらしい。オレを囲む黒服連中も退席して、ロマーリオさんはディーノさんの後ろに控える。獄寺くんも同じく、オレの後ろに構えた。 「待たせちまって悪かったな、ツナ。」 「いえ…。」 逃げられそうになくて、観念した。 幼い頃からこういう人たちと関わり合うと碌なことがない。 イタリアに遊びに行った時には誘拐され、今はこんなだ。 「オレは…マフィアじゃないです。」 「でも、知ってるんだよな?親戚がマフィアで、父親は幹部だ。」 「っつ!…話は聞いてません。」 「聞かなかったんじゃないのか?今みたいに。」 「……オレは一般人だから…。」 「死ぬ気の炎と超直感、どっちも持ってるって聞いてるぜ?」 ディーノがたたみかける。 「ツナ。」 今まで無言で聞いていたリボーンがおもむろに口を開いた。 「オレたちは幾つに見える?」 「突然なに?小学生だろ。」 横に座るリボーンを見る。どこから見ても小学生だ。 「ツナ、聞いてくれ。オレたちアルコバレーノと呼ばれる子供は裏社会から生み出された突然変異だぞ。」 いつものようにニッと口だけ笑みのような形を作り、平坦な調子で語る。 「成長を自分の意思で止めたり進めたり出来るんだ。…そして身体能力は常人のそれを遥かに越えているんだ。オレは暗殺者に、コロネロは軍隊を率いて戦うことに、マーモンは幻術を使い、スカルは人員を使う戦術を、ラル・ミルチはなりそこないのアルコバレーノだが戦いのエキスパートだな。コロネロを鍛えたのもラル・ミルチだからな。」 俄には信じられ話だ。綱吉は信じられなくて、いや信じたくなくて、首を振る。 「オレがリボーンに家庭教師をしてもらったのは10年も前の話なんだ。」 言うとおもむろに懐から写真を取り出した。 受け取って目を見開く。 「これ…。」 そこには10年前と分かる程幼いディーノと一緒に今と変わらぬリボーンが写っていた。 . |