虹ツナ | ナノ

2.



どうにかお隣から逃げ帰ってきた綱吉は、何食わぬ顔で家に帰るとお母さんを出迎えることが出来た。塀に引っ張られたせいで伸びてしまった上着の裾に奈々はすぐに気付いたけれど、それに口を挟むことなく2人でキッチンへと入っていく。
「おかあさん、あのね。おとなりにボクとおなじぐらいの子がいたよ!」
「あらそう!お友だちになれそう?」
買い物袋から肉や野菜を別けていると、綱吉は我慢出来ずに口を滑らせていった。嬉しそうに頬を高揚させて瞳を輝かせる我が子に奈々はそう訊ねる。
「…わかんない」
すると何をしでかしてきたのか、綱吉は一瞬で顔を歪めて俯いてしまった。重ねて訊ねるには可哀想になり、奈々は助け舟を出してやる。
「8人と会えた?」
「え…8人?」
つい昨日の話だ。
綱吉を幼稚園に送り出した奈々がやっと家の掃除を終えた10時を少し回ったばかりの時だった。
ピンポーンと軽やかに鳴った呼び鈴の音にはいはいと小さく返事をしながら玄関を開けると、そこにはずらりと並んだ子供たちとその両親とが顔を揃えてこちらを覗いていた。
「赤ちゃんもいるのに、お母さんが寝込んでいるからお買い物頼まれたのよ。しかもお父さんが今日から出張なんですって」
「しらない…あかちゃんはみてないよ」
「そうなの?お姉ちゃん2人はとってもしっかりしていたから大丈夫だと思うけれど」
心配なのよと声に出すと、何か思い当たる節でもあるのか綱吉が情けない顔で奈々の顔を見上げてきた。
「どうしたの?」
「となりのおかあさんがびょうきってしらなかったんだ。だからのぞきにいっちゃった」
「あらまあ」
「おこってるかな?いやだったかなあ?」
語彙の少ないながらも自分の行いを悔いている綱吉の言葉に奈々は小さく笑うと頭を撫でた。
「どうかしら?それは私には分からないわね。でも今度のクリスマスに一緒にパーティをしましょうねってお約束はしてあるのよ」
こちらに越してきたばかりのお隣さんに一緒にクリスマスをしましょうと誘ってみたのは本当だった。気難しいらしい姉弟だから全員はムリかもしれないけれど、と言われて外国の子どもたちは日本のおままごとのようなパーティは苦手かもしれないと奈々は頷いた。
そんな奈々の言葉に綱吉は伏せていた目を輝かせる。
「きてくれるかな?」
「どうかしら…今からお願いしに行ってみる?」
全員とは会っていないらしい綱吉にそう訊ねると、少し迷った顔をしてから頷いた。
「うん。さっきはごめんなさいっていう!それからクリスマスにきてっていってみる!」
珍しく頑張る様子の綱吉に奈々は顔を綻ばせると、お隣さんに頼まれた物を袋に詰め直して手に提げて綱吉に手招きをした。





12月24日のクリスマスイブ当日。
お母さんの手料理が次々と出来上がってテーブルに所狭しと並べられていく中、綱吉はウロウロと玄関とキッチンを行ったり来たりしていた。
まるで冬眠前のクマみたいだと心の中でこっそり思いながら、奈々はそんな我が子の落ち着かない様子を横目に支度に大わらわだ。
あれから頼まれた買い物を手に綱吉とお隣さんを訪ねてみれば、揃うことなど滅多にないと言われていた8人姉弟が首を揃えて待っていた。
ある者は待っていたと言わんばかりの顔で、ある者は興味に駆られてといった調子ながらも誰も綱吉を追い出そうという雰囲気はなくて奈々は胸を撫で下ろした。
一生懸命頭を下げる綱吉に気にしていないとぶっきらぼうに答えた少女に救われて、どうにかイブのパーティに来て欲しいと拙い言葉で誘えば、まだ言葉の喋れない赤ん坊と是非伺いますと優等生な返事をくれた長女だという少女以外は行けたらとだけ答えて綱吉の様子を窺っていた。
その8対の目が綱吉だけを見詰めていたことを思い出して奈々はふふふっと口許を緩ませる。
「しっかり者のお嫁さんか、かっこいいお婿さんがツナに出来ちゃうかも…ね」
「なんかいった?」
綱吉を気にするお隣さんちの姉弟を思い浮かべてつい口を滑らせると、何にも知らない綱吉がキッチンの向こうから顔を覗かせてそう聞いてくる。
それに何でもないのよと首を振っていれば、お待ちかねの呼び鈴の音が綱吉の背中を叩いて飛び上がらせた。
「こんばんは」
声は一つでも、足音は複数で綱吉の顔はパッと明るくなる。そんな我が子と顔を合わせながら賑やかな来客を知らせる玄関へと足音も軽やかに2人で向かった。
「はいはい、いらっしゃい」
「い、いらっしゃい!!」
もどかしい手付きで玄関を開けた綱吉の先には、8人姉弟とお隣の奥さんが揃って立っている。いつもより少しおめかしをした綱吉を見て、風という綱吉と同い年の少年が一歩前に進み出た。
「メリークリスマスです。今日は可愛らしい恰好ですね」
「そうかな…?ふぉんくんはクリスマスいろでカッコイイよ!」
奈々の用意した物を着ているだけの綱吉は白い手編みのセーターにもこもこのボアで縁取られた薄茶のハーフパンツとサンタ帽子を被っている。対する風はいつものチャイナ服より生地に光沢のある赤と緑のクリスマスらしい一着だった。
よくよく見渡せば、子供たちはいつもよりおめかしをしてきている。長女のラルなどは初めてスカート姿を披露していた。
「あ!ラルちゃんのワンピースはじめてみた!」
「ちゃん付けはやめろと言っただろう!……だが、これは似合うか?」
風を押し退けるように綱吉に近付いてきた次女のラルが恥ずかしそうにモジモジとワンピースの裾を弄っている。どうやら綱吉のために着てきたらしい。そんな乙女心も分からない綱吉は大きな瞳をぱちぱち瞬かせると大きく頷いた。
「うん!かわいいね!」
綱吉の言葉に顔を赤くして棒立ちになってしまったラルの後ろから割り込むように全身真っ黒なタキシード姿のリボーンが現れる。
「ハッ、馬子にも衣装ってヤツだな」
綱吉と同い年でここまでタキシードが似合うというのも空恐ろしい。いつもよりきちんと撫で付けられている髪とくるんとしている揉み上げを指で弄りながら綱吉の目の前に顔を出してきた。
「うわぁ…リボーンもカッコイイ!でもどうしてみんなそんなかっこうしてきたの?」
確かにドレスコードなんて言い渡さなかったのに…と奈々も首を傾げていれば、綱吉の手を取ったリボーンがそれに軽く唇をつけながら教えてくれた。
「ツナと初めてのクリスマスだろう?」
パチンとウインクをしたリボーンにやっと事の次第が納得できたのは奈々だけで、当の綱吉はと言えば8人姉弟を見渡した後で自分の恰好を確かめてからへにょりと眉を顰めて奈々に助け舟を求めてきた。
「おかあさん…ボクもみんなといっしょのかっこうあるかなぁ?」
自分だけ違うということに不安を覚えた綱吉の言葉を聞いた赤ん坊以外の7人は、奈々より先にきっぱりと言い切った。
「お前はそれでいい」
「とっても可愛くてよ?」
「むしろそれがいいぞ」
「そうですよ、似合っています」
「…いいぜ、コラ」
「興味深いことだが、どうしてかお前にはそれがいいと思える」
「ってか、スーツは似合わないんじゃないか?」
最後の一言を零した紫の髪をした五男坊を三男と四男が押さえつけると、綱吉の手を握ったままのリボーンが子供とも思えぬ笑顔で口を開いた。
「そんなことなんざどうでもいいだろう?オレはツナと一緒にクリスマスを祝えることが嬉しいぞ」
「!!…っ、うん!」
やっと笑顔が戻った綱吉に姉弟たちもホッと胸を撫で下ろした。
「さあさあ、パーティの準備は出来てるわよ。どうぞあがってね!」
そうして、やっと沢田家とお隣さんの合同クリスマスパーティが始まりを告げた。






子供たちにとっては随分と夜更かしをしたパーティはお開きとなり、サンタを心待ちにしている綱吉が眠い目を擦りながら床に着いたのはつい20分も前のことではない。
10時を少し過ぎたばかりの時計を見上げながら奈々はパーティの片付けを一旦止めると、食器棚の奥から以前綱吉が欲しがっていた変身ベルトが入っている綺麗に梱包された箱を取り出した。
「そろそろかしら?」
寝つきのいい綱吉は朝まで滅多なとこでは起きないから、先にプレゼントを置いてこようとキッチンから2階へと向かう。すると、自分と綱吉以外人がいない筈の2階に人の声が聞こえてきた。
「お前は帰れ!」
「そっちこそ!」
ボソボソと小声で交わされる会話に奈々の緊張の糸が緩んだ。それから眠る綱吉の部屋の前で押し合いへし合っている小さな影に声を掛けた。
「サンタさんたち、静かにしないと起きちゃうわよ」
奈々の声にピタリと諍いが止む。何人いるのかと興味は湧いたが、敢えて覗き込まずに綱吉のプレゼントをそっと床に置くと、小さなサンタたちに声を掛けた。
「一番のプレゼントはあなたたちだけど、これもついでにお願いしてもいいかしら?」
静まり返った階段の昇り口にプレゼントを置くと、それを無言のまま手にしたサンタたちの影が一度だけうんと頷いてすぐに消えていった。
「サンタさんって本当に居るのかもしれないわね…」
ふと見上げた夜空はどこまでも見渡せそうなぐらい澄んでいる。ピンと冷えた空気が奈々の心の中まで浄化していくようで、今晩ぐらい子供たちのお願いがすべて叶えばいいのにと願わずにはいられない。
「明日はどうなってるのかしらね?」
綱吉の今後が楽しみなような、怖いような、そんな奈々だった。





Merry Christmas!




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