クリスマスに合わせてという訳でもないが、何故かクリスマス前には休みに入る学校のお陰で朝寝坊を満喫したツナが起きてくると、丁度奈々が出掛けるところだった。 「私がいないからっていつまでも寝てちゃダメよ?」 「もう分かったよ。大丈夫だって、寝てられないから!」 ツナの言葉にやはり風がきてくれるのだと確信する。風は料理の腕はピカイチだが、作る量が半端なく多くて途中で止めないと際限なく作り続けるからだ。 お隣さんちの姉弟に比べると、どうしても小柄なツナが気になるのか風にしろルーチェにしろたくさん食べさせたがる傾向にある。 しかし前から数えた方が早いツナだったが、食べる量は同じ年頃の子供たちと比べても少なくはないから単にそういう体格なのだろうと奈々は思っていた。 「父さんによろしく」 そう声を掛けられて驚いていると、ツナは照れくさいのかすぐに背を向けるとボサボサの髪を掻きながらキッチンへと逃げ出していった。 今年も仕事で帰って来ないといっていた奈々の台詞を覚えていたのだろう言葉にふふっと小さく笑うと、顔を見せない息子にいってきますと声を掛けて玄関をくぐっていった。 キッチンでそれを聞いていたツナは奈々の声に後ろを振り返りながら、自分の一番好きな母のハンバーグを手にしたまましばらくぼんやりと座っていた。 「えーと、ここかな?」 クリスマス稽古をしているからと誘われたツナが、重い腰を上げて道場に辿り着いたのは短い針が12時を指すほんの少し前のことだった。 11時から稽古をつけていると聞いていたが、下手に最初からいれば一緒に稽古をと言われかねない。運動が苦手なツナには遠慮したいという訳で、昼時を狙ってノコノコと現れたのだった。 風から手渡された道場を示した地図を手に、賑やかな子供たちの声に導かれて道場の中へと足を踏み入れると、何故か風以外にも見知った顔がそこにあって思わず声を上げた。 「あれっ!?」 「おせーぞ、コラ!」 いつもの迷彩バンダナで前髪が落ちないように縛っているコロネロがお玉片手に手を振り上げた。その横で風が不満そうにチマキを取り分けている。 「どうして…?」 チビっ子たちに纏わりつかれながらも、お椀に卵スープを注ぐ手は少しも揺らがない。同い年のツナ、リボーン、風、コロネロの4人の中で一番発育のいいコロネロは大人に間違えられるほど体格がよくて、体力も腕力も人一倍あるゆえだろうか。 お玉を持つ腕に小学生を一人ぶら下げているコロネロの腕力に開いた口が塞がらなくなっていると、珍しくムッとした表情の風が横から口を挟んだ。 「今朝、昼の支度のためにスーパーに行ったんですよ。そうしたら明日の用意だと買い物に来ていたコロネロとばったり会ってしまったんです」 「そうなんだ」 忌々しそうにコロネロを睨んでいる風の表情に気付かないツナが、感心したように頷いているとコロネロは手にしていたお椀をツナに差し出した。 「ほら、ツナも食うんだろ」 「うん」 素直に受け取ったお椀からは温かそうな湯気と美味しそうな匂いが立ち上っている。つられたツナが思わず口を付けると、すぐに笑みを浮かんだ。 「おいしい!」 「そうか!そいつはオレが作ったんだぜ!」 得意げにツナのお椀を覗き込むコロネロを風は横から肘を入れて間に割り込む。 「それぐらい私一人で充分出来たのに、ツナが来ると知った途端にしゃしゃり出てきて…まあいいでしょう。これは私が作ったんですよ。食べて下さい」 「バカやろ…っ!」 風の言葉に慌てているコロネロの気も知らず、ツナは風から手渡されたチマキの紐を解いてすぐに食いついた。 「うま!」 「そうでしょう、そうでしょう。何せツナへの愛情をたっぷり詰め込んでますから」 「ははは…風はいつもうまいなあ。でもそこはこの子たちへの、だろ?」 幸せそうに齧り付きながらの答えに毎度の肩透かしを食らった風が小さくため息を漏らしていると、お玉と子供を抱えたままのコロネロが意を決したようにツナに顔を近付けてきた。 「ツナ!」 「ん?」 食事は座って取りなさいと言われ続けているツナは、小学生の集団に混じろうとコロネロと風に背中を向けていたところだった。 呼び止められて振り返れば、思った以上にコロネロが近くて手にしていたチマキがつるりと滑り落ちる。 それを難なくキャッチしたコロネロが抱えていた子供とお玉とやっと降ろすと、チマキ片手に口を開いた。 「明日、ひまか?」 顔を真っ赤にしながらの問いかけにツナは不貞腐れたように口をへの字に曲げると自分より頭一つ分以上大きいコロネロの顔をジトと見上げた。 「…暇だよ。暇で悪いのかよ?」 むくれた顔さえ愛おしいなどと思われていることも知らず、ツナが睨むようにコロネロを見続けていると横から風が割り込んでくる。 「私も暇ですよ。一緒です」 その言葉にツナが少しだけ風に視線を向けかけて、慌ててコロネロが手で遮った。 「違うぜ、コラ!オレも部活以外は予定なんてない!」 「そうなの?」 意外だと言わんばかりにツナはその大きな瞳を一杯に見開いてコロネロを振り返ると、コロネロは咳を一つしてから口を開いた。 「部活の最後にカラオケに誘われてるんだが……オレは行きたくねーんだ」 「あー…うん、」 カラオケが苦手というより、個室で大人しくしていることが苦痛なコロネロには辛い行事だろうということはツナにも察しがつく。 そもそもイブにコロネロを誘ってカラオケということは、部員はコロネロを狙っている女子と一緒にそういうイベントを過ごしたいという下心が見え隠れしている。 モテるのも大変なんだなあと複雑な気持ちで眉を寄せるコロネロを見上げていれば、チマキを手にしていない方のコロネロの手がツナの空いている手を掴んだ。 「だから、明日の部活が終わる時間に合わせて顔を出してくれ!」 「えぇぇえ!!ちょ、そんなことしたらオレが恨まれる…っ!」 コロネロを狙っている女子にも恨まれるが、そのおこぼれを期待している部員たちにも恨まれるのは間違いない。 冗談じゃないと首を横に振って握られた手を引き抜こうとすれば、もっと強い力で引き寄せられていつの間にやらコロネロに抱きつかれる格好になっていた。そこにツナとコロネロ以外の手が伸びて、すかさず引き剥がしにかかる。 「私の目の前でツナになにをする気なんですか?」 「…ッ!」 風の言葉にやっと自分のしでかしたことを自覚したコロネロが顔を真っ赤にして飛び退いた。 その情けない姿に付き合いの長いツナは肩を落とすと諦めたように頷いて了解と返事をする。 「分かった、明日行ってやるよ。コロネロはモテる癖にこれだもんな…同じ兄弟でこれだけ違うのも不思議だよ」 「すまん、助かるぜ!」 パンと手を合わせて拝むコロネロに苦笑いを浮かべるツナと、笑顔を見せているようでその実視線が氷点下な風を遠目で見ていた門下生たちが即座に知らん振りを決め込んだことをツナだけは気付かないのだった。 . |