虹ツナ | ナノ

8.



もくもくと上がる土煙の奥で、一般人にはおよそ聞くことのない轟音が聞こえてくる。
クロームは前を走る骸の背中越しから見えた光景に言葉も失い足を止めた。

「嘘、もう終わってる…」

尾行していた綱吉が連れ攫われてから、ずっとクロームは骸が到着するまで誘拐犯たちの様子を窺っていた。
プロというには手際の悪い犯行グループはどうやら綱吉をどうこうする気はなかったらしく、電話からの指示を仰ぎながらのタイムラグのせいでこうして骸が到着するまでの時間は充分あったのだから。
しかし現場にいたクロームでさえ犯行グループ以外の気配を感じなかった。
その人物がいつ中に入り込んだのかさえ分からない。
唖然とその風景を眺めていれば、綱吉の保護者だという青年が拳銃を構えたまま煙の奥から現れた。

「遅ぇぞ、もっと早く来やがれ。」

黒い帽子に黒いスーツ姿の男は横柄な態度で骸に向かって顎をしゃくると、ついて来いといった調子で歩き出した。

「骸さま、使われてるみたい…」

「くっ!」

クロームからの情報が漏れたのか、それとも別の情報源があるのか。黒衣の男は骸を従えて行き先を違えることなくそこへ向かう。
屍累々といった惨状かと思いきや、手足を撃ち抜かれ、武器も飛ばされてはいるものの呻き声や息遣いが聞こえてくる。
それを眺めていた骸は前を歩く男に声を掛けた。

「…君、どうしたんですか?殺してないじゃないですか。」

「ツナがいる。」

そうだろうと知っていながら尋ねた骸の人の悪さにも、男は興味を示さず銃口を床へと向けて放つ。
それが合図だったのか、奥の隠し部屋から怒声と銃声が響きはじめた。
まるで骸がここに来るタイミングすら知っていたといわんばかりの態度に、骸は不快げにその眉を顰めた。

「で?僕の役目はなんですか?」

「決まってんだろ、ツナが見るには優しくねぇこの光景をお前の幻覚で隠すんだぞ。」

マフィアの抗争ではないにしろ、人が傷付くことを極端に怖がるツナには確かにこの惨状は見せるに忍びない。
その言葉に骸はクスッと小さく笑みを零して三叉槍を両手で構えた。

「成る程、いいでしょう…しかし、そうすると貴方も僕のテリトリーの中に入ってしまいますよ?」

「それがどうした。気に食わねぇならいつでも後ろを狙っていいんだぞ。」

帽子のつばで隠されて見えない目元が鈍く光る。ニヤリと口許だけで笑った男を見て骸が鼻白むと、あっさり男は骸から意識を隠し部屋へと戻した。
まだ敵わない自分をしぶしぶ認めた骸が、それでも綱吉のためだと三叉槍をクルクルと回し始めれば空間が歪み始める。
呼吸をするように幻覚を操る骸の背中を浮かびながら眺めていたクロームは、その先で男が苦もなく歩き出す姿に驚きの声を上げた。

「なぜ?」

隠し部屋の奥でも幻覚により幾人かの男の悲鳴や絶叫が聞こえてきている。骸の作り出す空間はかなりの広範囲までカバーするものだからだ。
いない筈の幻獣の息遣いまでリアルに感じられるほどの空間の中にいてなお歩を緩めない男の足取りをクロームは見詰め続けた。
既に視覚は骸に奪われた中では、どこに扉があったのかすら分からない。足元の床は土色へと変わり、重力さえ骸に握られている感覚に陥っているクロームは浮かびながらもどうにか男へと近付いていった。

先ほどの一発で鍵を破壊していたのか、なにも見えないそこに手を伸ばすとあっさりと身体を奥へと捻じ込む。しかし人の悪い骸のこと、その先さえ幻覚で行く手を塞いでいることだけは確かだ。
知り合いでもなければ友人にもしたくないタイプだが、綱吉を救出するという点で男の助けは必要だとクロームは慌てて男の消えた先に手を伸ばした。
けれどそこには阻まれている筈の男の姿はなく、あるのは情けない悲鳴を上げている誘拐犯たちの憐れな末路があるだけ。
綱吉はどうなったと首を回せば、見たこともない金髪の男に抱えられにこやかな笑顔を浮かべていた。

「おかえり、リボーン!」

「おかえりじゃねぇ。ったく…おい、いい加減にツナを降ろせ。」

足元に転がる男たちとはまた違う迷彩服を身に着けている体格のいい金髪の男は、綱吉の保護者の声を無視したまま肩の上に綱吉を担ぎ上げた。

「うわわっ!?」

お世辞にも運動神経が発達しているとは言い難い綱吉は、突然の肩車に体勢を崩し後ろに転がりかけた。そこに後ろから手が伸びる。

「ちょっ、どこの誰だか知りませんが綱吉くんの生太ももを肌で直に感じるなんて羨まし…」

途中で声が途切れたのは骸の頬を掠めた弾丸のせいだ。金髪の男のことも、骸すら忌々しいといった顔をみせながらも口では言わず行動で示したリボーンは腹いせ紛れに足元で幻覚にのた打ち回っている男の脇腹を踏みつけると、その男が手にしていた携帯電話がボトリと落ちた。

「悪ぃな。」

爪の先ほども悪びれない様子での詫びを主犯格と思われる男に告げ、リボーンは床に転がっていた携帯電話を取り上げると耳を近付けた。

「よお、懲りねぇな。」

『何のことだね?私は今日はじめて彼と接触を試みたのだが。』

電話口からの白々しい台詞に鼻を鳴らしたリボーンは、綱吉の襟首の後ろに隠されていたボタン電池ほどの塊を指で摘むとそのまま握り潰した。

『おやおや…』

それすら想定済みだったのか電話の向こうの相手は動揺することなく笑っている。その悪びれない様子から察するにリボーンの知り合いらしい。
ツナを肩車している金髪の男も電話先の男を知っているのか、しょうがねーヤツだぜ、コラ!とぼやいていた。

『仕方ない、また今度お前たちが留守のときを狙うとしよう。ボンゴレの超直感とお前たちを惹き付けるその力は興味をそそられる。』

言いたいことだけ言うと、電話の相手は電波の繋がりを自ら絶った。
ツーツーと耳元から聞こえる音に舌打ちを零したリボーンは、緑の髪の自称天才科学者を想い浮かべたがすぐに首を振ってそれを追い出しすと綱吉に顔を向けた。

「大丈夫だったか?」

「うん、『モルモット』だから大事に扱うんだって言われたよ。」

綱吉を何に使う気だったのか知れた話だ。
性質の悪いことに先ほどの電話相手は綱吉が『ボンゴレの10代目候補』だから暗殺を企てたのではなく、『自分の研究に必要』だから攫いにきたらしいのだ。
しかもここに寝転がる男たちは金で雇ったに違いなく、いくら叩こうとも塵ひとつ出ないことなど分かりきった話だった。
マフィアやテロリスト、軍人などではないことはその手際の悪さで知れる。
どういった経緯でツナの特異な能力を知ったのかと裏の繋がりを考えていれば、骸がコロネロから綱吉を抱き寄せようと手を伸ばしていた。

「そんなどこの馬の骨とも知れない輩に張り付いてはいけませんよ!さあ、僕の腕の中にいらっしゃい。」

どっちがだと呆れた顔で肩を竦めると、リボーンは仕方なく骸に手を伸ばしかけていたツナに声を掛けた。

「ツナ…」

すると満面の笑みを浮かべて、骸へ向けていた腕の行く先を変えて飛びついてくる。
落とされることなど微塵も考えていない安心しきった顔にリボーンはわずかに頬を緩めた。

「少し重くなったか?」

「そうかな、よく分からないよ。」

両手で綱吉を抱えなおし、額と額を合わせて顔を覗き込む。互いしか目に入らないといった2人に地団駄を踏んで割り込んだのはやはり骸だった。

「ちょ、いい加減になさい!さあここから出ますよ!」

「ってのはいいんだがな。どうしてツナがこんな奴らに誘拐されてんだ?オレの留守中はてめぇと獄寺がツナの護衛につくって言ってなかったか?」

綱吉から視線を骸へと向けた途端にゾッとするような眼差しへと変わる。それにいち早く気付いた綱吉が素直にリボーンと骸の間に割って入った。

「ごめんなさい。オレ、獄寺さんから逃げ出したんだ…リボーンが帰ってくるの気付いたから。」

驚かせたかったのだと顔を伏せて肩を窄める綱吉に、リボーンも骸も黙るしかなかった。
リボーンにしてみれば、綱吉に一秒でも早く会えることは喜ばしいことだし、骸にとっては忌々しいという心根があるせいで邪魔をしたという疚しさがある。そのせいで2人を黙らせることになっていた。
叱られることを覚悟して震えている綱吉を床に降ろすと両手でその柔らかい頬を摘んだ。

「いいか?これからはきちんと相談してからにするんだぞ?」

コクンと上下に頷いたツナを確認して頬から手を離す。まだ怒っているのかとリボーンのジャケットの裾に手を伸ばした綱吉の、その手を握れば綱吉は顔を上げて笑顔を見せた。

「…オイ。オレのこと忘れてんじゃねーぞ、コラ!」

見ている方が恥ずかしくなるベタ甘な2人と哀れな当て馬を前に、迷彩柄のバンダナを巻いた金髪が腕を組みながら足を踏み鳴らす。
モノクロで成り立っているリボーンとは正反対の見た目の男は、金髪をガシガシと手で掻き回すと綱吉へと近付いてきた。
リボーンより少し身長の高いその男は、上から覗き込むように手を差し出す。

「コロネロだぜ。怪我はないか?」

「あ、ありがとう!コロネ…コロネロさんのお陰で怪我はないよ!」

目の前の大きな手に自分の手を差し出した綱吉は、すぐに握られたことに笑みを零すと両手でコロネロの手を握り返した。

「リボーンの知り合いなんだよね?あれ?でもなんか…」

何かに気付いた綱吉がマジマジとコロネロの顔を見詰めていると、外を囲むように爆音が鳴り響く。

「煩ぇのが来やがったか。とっとと帰るぞ。」

暇になると勝負を仕掛けてくる雲雀に辟易しているリボーンは、コロネロから綱吉の腕を取り上げて腕に抱える。それに眉を顰めたコロネロに背中を向けて歩き出したリボーンの横から壁が突然崩れていった。

「ええい!邪魔な木々め!リボーンとやらはどこだ?!」

綱吉を助けに来たというにはいささか見当違いな台詞を吐いて、壁の向こうから現れたのは綱吉の担任の京子先生の兄、了平だった。


続いた…




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