そんなこんなでやっとプリントを終わらせたツナとオレたち3人は誰ひとり欠けることなく雁首揃えて家路を歩いていた。 ツナとのあれこれのせいで部活にならなかったオレが着替えを済ませて部室を出ると、丁度プリントを終えて居残りから解放されたツナとそれを待っていたパシリたちとかち合ったからだ。 沈みかけている夕陽は長い影が寄り添うように並んでいる。しかし決して肩を寄せ合うように歩いている訳ではない。むしろ顔を余所へとむけている状態でツナの周りを囲んでいた。 「そういえばさ、ビアンキが最近リボーンがつれないって泣きついてきたよ。どうしたんだよ、お前。」 ビアンキというのはリボーンの取り巻きの中心核の女のことだ。 一つ年上のビアンキはよもやリボーンがツナのことを憎からず思っているとに気付いていないらしい。オレたちから見ればバレバレだというのに、これといった取り柄もないツナに負けているとは認めたくないせいかもしれない。 そんなツナの言葉にその左横を歩いていたリボーンは、その言葉を聞いて呆れたように首を振る。 「それをてめぇが訊ねるか、ダメツナ」 「んなっ?!どういうことだよ!悪かったな!どうせ人の機微には疎いよっ!」 「そうだな、一日に3人の男とキスしても全然平気なヤツだからな?」 「っっ!」 リボーンは余程悔しかったのか珍しくそう当て擦ると、ツナの顔が真っ赤に染まった。 「挨拶なんだろ!」 自分の肩まですらない髪の毛の先がぴょんと跳ねるように反論するツナに、違うともそうだとも言い切れないオレたちは口を噤んだ。自分以外のヤツとのキスは挨拶で通したいと言わずとも知れている。 どうすれば自分は『そういう意味』でしたのだとこの鈍感に気付いて貰えるのか。好きだと言ってもありがとうとかわされ、唇を重ねても挨拶だと曲解されてしまうのだから頭が痛い。 そもそも自分にはこういったやり取りは苦手だと自覚している。 どうしたものかと頭を掻きながら赤く染まったままのツナの頬に手を伸ばすと、熱を持った頬は見た目以上に暖かくて知らず指で幾度も撫でつけていた。 ニキビのない頬は子供のように柔らかくてつるつるしている。 「ちょっ、コロネロ!くすぐったいよ!」 「わ、悪いな!」 無意識の行為にツナが声を上げたからよかったものの、そうでなければ背後から迫っていた鞄の襲撃を後頭部に受けるところだった。 咄嗟にかわして少しツナから離れると、リボーンは手首を返す勢いで後ろのスカルに鞄を放り投げた。 「わ、ブッ!!」 まともに顔を鞄で強打されたスカルは情けない声を上げていたが、リボーンは気にした様子もなくツナの肩を引き寄せた。 「そういや京子が初恋ってことは初めてだったんじゃねぇのか?」 「は?何がだよ」 思い当たるところがあるのか、撃沈していた筈のスカルが慌てた様子でリボーンの鞄を抱えながらもツナとリボーンの間に割り込もうと手を伸ばす。 しかしリボーンは鬱陶しいと言わんばかりの表情を浮かべながら足を引っ掛けることでまたもスカルを道路に転がすとツナの耳元へと唇を寄せていった。 「キスだぞ。いや、『挨拶』か?」 「っ!」 言われた途端にツナの顔が真っ赤に染まっていく。痛いところを突かれたというように肩を震わせるツナはバツが悪そうに俯くと必死に首を横に振っていた。 「ち、違う!あれは本当に事故だって!そうだよな?スカルッ!」 頷きたくないらしいスカルはアスファルトと仲良くなったまま顔を上げずに返事もしない。 それを分かっているリボーンはフンと鼻を鳴らすとどうでもいいというようにスカルを一瞥するととんでもないことを言い出した。 「ふうん?ならオレの時のはどう説明する?自分からしたよな?」 「「なっ?!」」 リボーンの言葉にオレとスカルは慌てて顔を上げてツナへと視線を向ければ、真っ赤な顔でリボーンの胸倉を掴み上げると食ってかかっていた。 「バッ!誤解されるだろ!」 「何をだ?あぁ、不意をついてオレ様の唇を奪っていったことか?初めてにしちゃやるじゃねぇか。」 「ひぃぃぃい!妙な言い方するなよっ!それはお前がしつこく訊ねるから…」 「塞いだってことか?」 物理的に塞いだというにはあまりに短絡的ともとれるツナの行動に、オレとスカルが固まっていればリボーンはニヤニヤと脂下がった顔でツッとツナに顔を近づけていく。今にもくっついてしまいそうだ。 「そっ…!なん?!」 2度も許してなるものかとツナの襟首を横から引っ張ると、小柄なツナは苦もなくオレの懐に飛び込んできた。 余程怖かったのかオレのシャツの裾を握り締めて離さないツナの背中に手を回してやれば、チッと鋭い舌打ちが聞こえて黒い瞳が眇められた。 「で?そいつとはどうしてしたんだ?」 どうやらそれが聞きたかったらしいリボーンは忌々しげにオレに抱えられているツナの背中を一瞥すると後ろに引っ張り返す。引き剥がされてキョロキョロ辺りを見回したツナは上目遣いでリボーンを睨みつけた。 「やめろよ!お前にとっては何百回目だか知らないけど、嫌がらせで2回もするなんて酷いじゃないか!」 「煩ぇ、誰のせいで心臓が止まりかけたと思ってんだ。っとそうじゃねぇ…だからその筋肉馬鹿とした経緯を聞いてんだぞ」 「ううっ…!」 さすがのリボーンでも動揺はしたらしい一言を聞き逃したツナは、オレとの一幕を思い出してか顔を赤くしたまま視線を余所へと逸らした。 「だから、その…お前とまでしちゃっただろ?さすがにどうかと思ってコロネロに相談しに行ったんだけど…」 次第に言葉が途切れていくツナにそこから先を聞きたいリボーンは早くしろと片眉をピクリを跳ねさせた。 「お、男同士でそんなことするの気持ち悪いよな?って聞いたらそんなことないって言われて、」 しどろもどろに言い継いでいくツナの言葉尻を奪い取った。 「ツナとしたんだぜ、コラ!」 こいつらがどんなキスをしたのかは知らないが、自分はする気でしたのだ。誰かに盗られるぐらいならその場で自分のものにしてやろうとさえ思っていたから舌さえ絡めていたのだ。 息づきの仕方さえ知らないツナの苦しげな呻き声にやっと唇を離してやれば、ぼんやりと焦点が合わない瞳の色にドキリとして思わず手を離してしまった。 自分のしでかしたことに狼狽えて、だけどやっぱり逃がしたくなくてもう一度手を掴み取ると顔を覗き込みながら言ったのだ。 「…ああいうキスが本当の、なんだよな?だからそれ以外のなんて挨拶みたいなもんだって言われた。」 そう言った。ツナの目を見てはっきりと。 だから伝わらない筈はないと、これで自分はツナに告白出来たんだと思っていたのだ。 なのに、である。 「だから、スカルのとかリボーンとしたのは挨拶ってことで!」 「…ちょっと待ちやがれ、ダメツナ。」 色々と端折っているせいで分からなかったのかと思っていれば、そこはリボーンというべきかニュアンスで悟ったらしい。いやそれとも得意の読心術とやらか。 頭痛を堪えているような顔でこめかみを押さえながら逃げ出そうとするツナのだらしなく解かれたネクタイをぐいっと引っ張り上げる。 ジロジロとツナの唇を眺めていたリボーンは呆れたようにため息を吐き出すとツナの顎を指で摘み上げた。 「お前がコロネロとしたっつーのは分かった。それもねっちょりディープなヤツだったんだろう?」 そう訊ねたリボーンに視線を合わすことなく、わずかに下げた頭が頷いたようにも見えた。意味は通じているらしい。 そんなツナを見詰めていたリボーンはチラリとこちらに視線を投掛けてきた。 「で?なのに何でその筋肉馬鹿はこっち側なんだ?」 「え?こっちってどっちだよ。」 心底分からないといった様子のツナに眩暈を覚えた。 「何言ってんだよ、リボーンは。コロネロだよ?お前と違うって!言っても分からないから教えてくれたんだよな?」 イタズラなんかじゃないだろう?!と縋る目線で覗き込まれてやっと誤解されているのだと気付いた。確かにイタズラなんかじゃないがそれは違う。冗談じゃない。 「おいコラ!どうしてそういう曲解をしやがるんだ!」 そうじゃないとツナの答えを正そうと詰め寄るも、その手前でポンとスカルがオレの肩を叩いて引き止めた。 「…いいじゃないですか。みんな同じ穴の狢ですよ」 「何がいいんだ、コラ!」 「誰も報われねぇってこった。このボンクラが自覚するまでは、な。」 「ボンクラって誰のことだよ!」 その自覚はあるらしい想い人を三者三様の眼差しで見詰めるも、自覚には程遠い回答しか得られないことにオレたちは重いため息を零すしかなかった。 . |