[> 結木美那子(23) |
私は俯く。 「君は何をやらせても駄目だな」 私は謝る。 「謝るくらいなら最初からやってよね」 私は黙り込む。 「ねぇ、さっきから全然楽しそうじゃないね。俺の事、嫌い?」 私は見上げる。 「そんな顔したって誰も助けちゃくれないよ」 私は、私は―――。 ◆◆◆ 背筋が冷たくなったり、顔が熱くなったりする。 恥ずかしいのやら恐ろしいのやら、全然解らない。頭が回らない。 「まさか、そんなわけ」 だってここには私ひとりで来た。 「ひとり、と言う単語に被害者が含まれてる場合だって、ある」 店員さん空になったラムネ瓶を脇に置いて笑う。 「人は、自分を殺せる唯一の生き物だと私は思うのだけど。君はどう思う?」 背中を丸めて下から覗き込むようにしてくる店員さんから眼を逸らす。 ああ嫌だ。 こういう眼は嫌だ。悲しくなる、そんな眼で私をみないで。 「そん、なこと」 「じゃあ君は何しに此処に来たの」 「―――う、海を見に……」 「二つ前のバス停のが綺麗に見えるよ」 「私は、高いとこが好きなので」 「じゃあワクワクしながら此処に来たんだ?」 「あ、はい……」 「ふぅん、じゃあなんでそんな死にそうな顔してんの?」 「――――っ!」 涙が溢れた。 同時に感情も溢れた。 だったら、だから何よ。何か悪いの、何が悪いの。 自分に絶望して自分の人生に自分で幕を引く事の何が悪いの。 「なんでそんな事を聞くんですか! わた、私が! 私が死ぬことの何が悪いんですか! 自殺はいけないことですか、自分に、自分で幕を下ろすのは悪い事ですか。貴女にとって何ら関係ない人間が自分に絶望して自分で勝手に死んでいく、それの何が悪いんですか!」 泣きながら、泣きながら私は叫ぶ。 必死に、地面に踏ん張って。 悪い事なら悪いと断定すればいい。そしたら私はどう屁理屈捏たってそれを否定してやる。 そう思っていたのに店員さんは笑いながら、 「全然悪くないと思うけど」 と言った。 え、と私は思わず瞠目する。 「むしろその通りだと思うけど。別にアンタが死のーが生きよーが勝手に絶望してよーが誰に殺されよーが私には関係ないし?」 何でもないことのように店員さんは言う。 蝉の生きてる音がする。 命の輪唱。たった七日だけの。 人が海に身を投げるのは母なる海に惹かれるからだと誰かは言った。 そんな馬鹿な。私は思う。 そんな馬鹿な事があっていい筈ない。 だって、 だって人は――――。 「でもさぁ、」 人は海から産まれた訳じゃない。 「君ってばどうして死にたいの」 人はみんな平等に母から産まれて、みんな平等に。 なのに私だけどうしてみんなと同じように出来ないんだろう。 私は俯く。 『君は何をやらせても駄目だな』 私は謝る。 『謝るくらいなら最初からやってよね』 私は黙り込む。 『ねぇ、さっきから全然楽しそうじゃないね。俺の事、嫌い?』 私は見上げる。 『そんな顔したって誰も助けちゃくれないよ』 私は、私は―――誰にも助けてなんて、欲しくない。 でも私は他と違うから、不器用だから、飛び抜けていいとこなんて無いから。 人は独りじゃ生きていけないから、だから私はみんなに助けて貰って"わっか"の中に入らなくちゃいけないのだ。 頭を振って私は言う。子供みたいに言い訳をいっぱい振り撒いて。 店員さんはそんな私を見て言う。 ふぅん、 「でもそれって矛盾してない?」 「む、じゅん?」 「だってさぁ、"独りじゃ生きていけないから"って無理して入ったわっかが原因でアンタ死のうとしてんじゃん」 「あ、」 「ついでに良いこと教えたげる。此処に来る人は四種類なんだ。何かの撮影の人か地元の釣り人、それかね―――海の音が聞こえる人」 「う、うみ」 そういえばいつの間にか海の音が聞こえない。 聞こえるのは蝉の音だけだ。 「そう、疲れてやって来た、今にも死にそうな人には聞こえるみたい。でも、きっと―――君には、聞こえないだろ?」 にやっと悪戯猫みたいに笑う店員さんは、呆然とする私に、空のラムネ瓶を渡した。 眼をしばたたかせていると店員さんは「死ぬ前にビー玉、」と呟いて商品のポテトチップスを食べ出した。 自由気ままな彼女に私は思わず笑ってしまう。憧れる。 昔は友達にも男子からも頼まれた単純作業。それは私の特技だったし誇りだった。 ………なんだ、私にも良いとこあるじゃない。 とってもとっても小さな事だけど、私にとって自慢出来る事。 風が吹いた。 ふっと、肩が軽くなった。 ◆◆◆ 一日二本の超ローカルバスは回送の文字を印しながらも駄菓子屋の前に停まる。 その度に瑠美子は笑う。 「冷やかしなら帰れ、職務怠慢男。バスの車庫入れしてきやがれ」 「酷ぇこと言うなよ、瑠美子。俺だっていつも少しでも時間作って来てんだから少しは可愛いげをくれよな」 「可愛いげ、ねぇ」 綺麗な顔を歪めて瑠美子は笑う。人の不幸を一身に背負ったような顔。 「そんなもんあったら客に使ってるよ」 「……お前、姉さんに似てきたな」 「そう? 私、まだ執着されてんのかな」 ふふっ、と瑠美子は笑う。お手上げだとばかりに辰朗がため息をつくと、幸せ逃げるぞーと瑠美子は言う。 うるせぇ誰のせいだ。 ぶつくさとふて腐れながら辰朗が駄菓子屋を出て行いった。 本当に少ない時間の間しか仕事を抜け出せないのだ。 その背を見ながら瑠美子は耳を澄ませた。 虫の音に混じって海の音。 私にこの音が聞こえなくなる日は一体いつになるんだろう。 瑠美子は考えながら、カウンターに突っ伏して夢の中に入った。 遠くから、バスの発車する音がした。 終 ◆◆◆ 人って超面倒臭い生き物で、それは女子とかを見てたらひしひしと感じるものがあるんですけど 基本的に私は自由気ままに生きて行きたい人間なので"わっか"の存在が煩わしくて堪らないときがあります(;´∀`) 昔は入ろうとしましたけどね、話題とか頑張って合わせてみたり 今は諦めました、ムリムリあんなしんどい事出来ない 今しか書けない真面目な小説を書こう!と書いたらよくわからんものに…… 精進します H23.05.07 :)迅明 Novel Top |