書いてる本人が一番楽しい小説 | ナノ


[> 結木美那子(23)




 その人は、人の不幸を全部しょい込んだみたいな顔をした人だった。
 それでも私はその人をとても綺麗な人だと思った。
 アイドルとかの綺麗さではなく、造りもののような、美術品のような綺麗さだと。

【駄菓子屋トメ。】

 一日二本の超ローカルバスに揺られて40分。そこにぽつりと建った駄菓子屋さんの店員さん。
「やぁ、いらっしゃい」
 にこりと彼女は笑う。私はそれに何か返さなくてはと思い、慌てて「ありがとうございます」と意味不明なことを口走った数秒後、恥ずかしさで死にたくなった。
 ああもう、どうしてこんな辺鄙な駄菓子屋にこんな美しい人がいるのだろう。
 どうして私はこんなに駄目なのだろう。
 ほてる顔を棚で隠して、私はどんどん泣きたくなってくるのを必死で堪えた。

 昔から、何をやっても駄目だった。
 勉強、運動、恋愛、お喋り、人付き合い……おおよそ人間社会で必要なものがほとんど出来ず、唯一の取り柄と言えば申し訳程度に器用な手先だけ。
 自慢出来ることなどひとつもないのだ。

 照り付ける日は暑い。もちろん駄菓子屋の店内も蒸し暑い。
 蝉の輪唱に混じって、遠くから波の音が聞こえてくる。まるで、海が呼んでいるかのような。
 さっきまでは無かった感覚に私は薄ら寒いものを感じた。
 この先に沢山の人間が身を投げた断崖絶壁の海があるのかと思うと足が竦む。
 しかも私もその一部になるのだ。陰欝な人生を終わらせて。
 決意は決めてきたはずだった。それなのに、私はこんなところにいる。
 死に場所へと通じる道の脇に、ぽつんと建ったこの駄菓子屋に。

 ―――まるで引き留めて欲しいみたいじゃないか。
 商品に目をやりながら、陰欝な気持ちを募らせていると、後ろから小さく硝子と硝子のぶつかる音がした。
 え、と振り返ると例の綺麗な店員さんが立っていて、蓋の開いたラムネと開いてないラムネを持っていた。
 先程の音はきっとこのラムネのビー玉を落とす音だったんだろう。
 店員さんが口をつけている瓶の中で、ビー玉がラムネの行く手を防いだ。
「飲む?」
 店員さんは私にビー玉が落ちていないラムネを差し出して言う。
 ひんやりとした冷気の伝わってきそうなそれに、私は喉の乾きを感じて瓶を受け取った。
「ありがとう、ございます」
「うん、どう致しまして。はい、お代」
 すっ、と差し出された手の平を見て、私は瞬きした。
「えっと、え、あの…お金、取るんですか?」
「当たり前じゃん。ここ駄菓子屋だもん。看板にも書いてあったでしょ?」
 確かにそうなんだけど…うーん。
 何だかやり切れない気持ちになりつつ、私は財布を取り出した。
 かつん、と音を立てたビー玉を上手く瓶の凹凸に引っ掛けて飲む。その味は、子供の頃から変わらないはずなのに、少しも懐古心が得られなかった。
 やはり私の心は死んでしまったのだろうか。
 そんなことを考えていると、横に腰掛けた店員さんが思い出したように口を開いた。
 ―――ラムネってさぁ、
「瓶の製造中止しちゃったんだって。うちのは珍しい瓶だけど、回収しなきゃだから持って帰んないでね」
「はぁ…」
「中のビー玉は持って帰ってもいいよ。これ、取り出すの難しいけどね」
「あ、私それ得意ですよ」
「え、いいな。私のも出して」
「別に良いですよ」
 かちん、と音がした。
 見ればまた店員さんのビー玉が飲み口を塞いでしまっていた。
「ラムネって、上手く飲めない……」
 子供のように口を尖らせた表情は、店員さんの外見と全くそぐわなくて笑ってしまう。
「ビー玉をこの凹凸に引っ掛けて飲むんです。ほら、こうやって……」
「へぇ、好きなんだね、これ。美味しいもんね」
「いや、そういう訳じゃ……」
 ―――あ、しまった。
 私は思う。
 こう言う突き放すような答え方をしては会話が続かない。
 気を悪くしただろうかと案じるも、店員さんは即座に"そういやぁ、"と話題を変えた。
 そういやぁ、
「君はここに何しに来たの? こんな辺鄙なとこに」
「―――君、」
「ん? あぁ、ごめんね。知り合いの影響でだんだん喋り方変になっちゃってさ」
「いえ、別に少し気になっただけで……」
「そう? で、君はここに何しに来たのかな?」
 店員さんは不幸を溜め込んだような、それでいて綺麗な顔を歪めて言った。
「――――もしかして、誰かを殺しに来たのかな?」



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