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[> Missing Emotion




 日向に愛した人間がいた。
 その事実は俺にとって非常に面白くないものだった。
(……何で?)

 ―――さあな、知らねぇ。

***

 雨が降った後の山道を懸命に歩く。あぁクソッ、歩き難いったらありゃしない。
 町に出向くのはいつも俺の仕事だった。
 刀以外にも山で採った菜や木の実を市で売る。そうでもしなければ無銘の刀鍛冶なんてそうそう生きて行けない。―――名の売れた刀鍛冶に弟子入りしたらまた違うのかも知れないが。
 俺も物好きなこった。そうぼやいて人道なのか獣道なのか解りゃしない道を行く。
 ああ鳥の声がする。なんて考えてたらもう麓まで来ていた。
 泥だらけの草履が気持ち悪い。帰るまでに乾いてくれる事を切に願うばかりだ。
 ぶつくさと文句を言いながら町に向かって歩いていく。―――と、視界の端、道端の地蔵の横に良く解らない男がいた。
 いや、男であること以外が解らない。とにかくよくわからない人間がいた。
 そいつは俺が見ていることに気付いてにやりと笑う。
「君、草履気持ち悪そうだねぇ。乾かしてあげようか?」
「はあ? 何だお前」
「さあね? きみには僕がどういう風に見える?」
 どういう風にっても、
「……人間であるとしか」
「せっかくの面白み零な解答だけどハズレだ。まあそれもありかな―――そういうわけで初めまして。僕は彼我木輪廻だよ――今後よろしくお見知りおきをってところかな?」
 にやっとそいつが笑う。
 口調からして男……なのか?
「ちなみに仙人だよ」
「……はぁっ!?」
 ちなみに不肖、四季崎。己が未来は見れないのである。よってこのよく解らない人間が仙人かどうか確かめる術もない。
「時にさ、きみの名前は?」
「……四季崎…紀記」
「へぇ! 女の子みたいな名前だね!」
「うるせぇぞお前!」
「ときに四季崎ちゃん、」
 殴っていいかな。本気で考えたときだった。
 町の方を指差してにかっと男は笑う。
「市場、間に合わないよ?」
「先に言えよ!」
「いってらっしゃーい」
 男、輪廻は呑気に手を振っている。
 くそっ、仙人なら雲なりなんなりに乗っけて町まで運んでくれりゃあいいのに。
 無責任に毒づいて未来を見る。まさか先祖代々受け継がれてきた予知がこんなことに使われていると知ったら先祖は泣くだろうか。
 まあそんなことどうでもいいか、取り敢えず市には間に合うらしい。
 バタバタと走りながらふとあることに気が付いた。
自然に足が止まる。

 何だ、この違和感。

 過去を振り返る。今迄と違う、何か感じた事のない違和感。
 そして俺はその違和感の正体にたどり着く。

 そうだ、アイツは俺の"予知する未来"にはいない登場人物だ。
 非予定調和な登場人物。
 これは一体何を意味するのだろう。歴史の改変? それとも修正作用の方か?
 今すぐ踵を返して男を問い質したい衝動に駆られた。が、刹那町の方から鐘の音が聞こえた。
「やっべぇ!」
 仕方なく諦めて四季崎は山の方へ向けかけた足を、再び町に向けた。
 いつの間にか、草履は渇いていた。



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