[> Missing Emotion |
無い、もうずっとずっと昔から。 アイツにくれてやっちまったままずーっと欠けてやがるんだ。 【Missing Emotion】 「大分様になってるんじゃない?」 女は俺に言った。 鋭く光る刃物を持って、俺は女に笑い返す。 やたらに幼い面立ちで笑う女の名前は日向と言った。 「アンタが世の中変える為だの、未来にこの国が滅ぶだの、その為に歴史を変えるだの、ご大層なこと言ってたときは、それは酷いもんだったけど……人ってのは成長するんだね」 「いつの話をしてんだよ」 「あははははっ、さあね? まあでも、芸術的にはまだまだ凡の凡だけど」 日向は笑う。それは日だまりみたいな笑顔で暖かいものだった。 「馬鹿、俺は芸術なんざ目指しちゃねえよ。まあ、刀は切れりゃあいいとなんざも思わねぇけどな。まだまだ腕上げねぇと歴史なんざ変えらんねぇ―――そうだな、俺の刀で戦局が決まるくらいにならねぇと」 「あはっ、ご大層な目標だね。まあ精々頑張ったらいいと思うよ」 ひらひらと振られる日向の手は白くも滑らかでもない。荒れて、切れて、割れている。使い込まれている。 刀作りの為に懸命に槌を振るうからだ。 ―――アイツと同じ手になるためには一体あと何年掛かるだろう。ふと考えた。 女が作ったと言う理由だけで馬鹿にされ、売れもしない刀を作るアイツに弟子入りしたのは刀作りの工程を全て自力でこなすその様式に惹かれたからだった。 柄じゃない。そう思っても、刀が歴史を変える一番の近道だと感じる。 もうすぐ戦乱の世だ。それまでには完璧に近い腕が必要だった。 それが、頑張る理由。 *** 「ほら、ご飯だよー」 投げられた握り飯の形はそれは酷いものだった。 この女には料理の才が一切と言って良いほど無い。無いのに飯を炊く。残すと命の危険に晒されるので必死に食う。 元は海魚か河魚ともとれぬ炭を突っついてると日向は不意に、なあ、と声を掛けてきた。 「ねぇ、四季崎」 「ん? 何だ」 「星が綺麗だね」 「……」 「…………」 「……そうか?」 「チッ…趣のない奴」 露骨な舌打ちを返して日向はふんっ、とそっぽを向いた。 仕方ないので話題を探す。その時、以前日向の部屋を覗いたときを思い出した。 「そういやあお前、あの部屋に建てかけてある朱塗りの刀。あれはお前の作ではないだろう? だれのだ?」 何気なく聞いたら、日向は露骨なくらいの動揺を見せた。 「へっ? あーっとね……ん。うん、あれね、あれはねぇー……うん」 視線が中をさ迷いまくる。何だこいつ。何がやましいんだ。 「うんとね、あれはね………………四季崎、あーん」 不意に口の前に箸が差し出されたので反射でそれを口に含んだ。 ……この世のものとは思えない刺激が走った。 「――――――ッ!!!」 「あっはははははは! 何その顔! たかが沢庵で大袈裟ー!」 「沢庵!? 今の爆発物がか?」 慌てて握り飯を頬張る。……味がしない。次に何故か魚に付いていた山葵を頬張った。―――山葵が甘かった。 「何の化学変化だ……!」 「ん? カガクヘンカってなに?」 「未来の単語だよ、分解や化合によってだな……ってもわからねぇか」 「うんさっぱり」 「だよなあ……」 脱力して、味のしなくなった握り飯を頬張った。どうやら味蕾が爛れているようだった。 末恐ろしい話である。 しばらくひーひーと笑い続け、思い出したように日向は口を開いた。 「……あの四本の刀はね、」 真剣な表情をして、ふと何かを思い返したように笑う。悲しそうな笑顔だった。 「私と恋仲だった人の遺作だよ」 目が自然に見開くのを感じた。 心臓がざわざわとする。五臓六腑がキリキリ痛む。 俺は何も言えなかった。 ただ馬鹿みたいに黙って日向を見つめていた。 Novel Top |