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[> 十人十色。




 あれから半月程、雅成は自責の念に暮れに暮れまくっていた。
 春夢の家に押しかけては飲めもしない酒をちびちび飲み、ぐずぐず自分の愚痴を言う。
 始めは出会った当初は全く考えもつかなかった雅成の変貌ぶりを笑っていた春夢だったが、一週間経つと鬱陶しくて仕方がない。
 大学でもそんな調子だからいよいよ本当に鬱陶しくて仕方がないのだ。
「なあ、お前もう帰れよ。夏ちゃんきっと心配してるぞ」
「夏は今日、定期検診だからいないんだ……」
 机に突っ伏したまま雅成は鼻を啜る。
「はあぁ…夏に愛想を尽かされてしまったらどうしようか。節操のない男だと思われたら……」
「夏ちゃんそこまでお前に警戒心抱いてるとは思えないんだけど」
 寧ろ春夢的には夏がキスと言う行為を理解しているとは思い難いんだけど、何となくそれは言わないでおく事にした。
「なぁ、もう帰れよ。俺とミクロの愛の巣に土足で上がり込むなよな」
「アタシは春夢がセクハラして来なくていい気分だけどな」
 いつからいたのかミクロが真顔で言った。
「春夢普段二人きりだとベタベタ触ってくるし、ねちょねちょ纏わり付いてきてウザいしでマジに堪えらんねーの」
「っミクロお帰り!―――っぐぉ、」
 ミクロに抱き着こうとした春夢の顔面に鞄がめり込んだ。
しかしそれにもめげず、春夢は相変わらずのいい笑顔である。
「人前で恥ずかしいことすんな!馬鹿春!」
「恥ずかしがらなくたっていいって、俺の胸はいつでもミクロの為に開いてるぜ!」
「だからっ!そういう最近のアホなカップルみたいな事すんなって言ってんの!馬鹿っ、春夢なんか大っ嫌い!」
 綺麗な肘鉄を春夢の顔に叩き込んでバタバタとミクロは行ってしまった。
 嵐みたいだ、と雅成は思った。
「ミクロは可愛いなぁ……」
 完璧に幸せボケした顔で春夢は言う。
 肘鉄をもろに喰らった鼻っ面は真っ赤で今にも鼻血が出て来そうだった。
 雅成は呆れたようにそんな春夢を見る。それから、ふと真面目な顔をして言った。
「お前は辛くねぇの、そう言う風に拒絶されて」
「んー? ぜんっぜん、ミクロはああ言う性格だし。第一そこが可愛いんだよ、なーんか新鮮というかなんというか」
 ニッと良い笑顔で笑う春夢に雅成も力なく笑い返す。
「お前、無駄に面は良いもんなぁ……」
「そうそう、このお顔とお金目当ての女の子はたっくさんいたけどな。ミクロはそんなの気にしない。だから安心できんの。―――まだ、ロボットとの恋愛って批判の目に曝されるときもあるけど別にばれなきゃ問題ないしばれても気にしない」
「それには同意だ」
 雅成が言うと春夢は不意に真顔になって言う。
「雅成、愛なんてのはさ、なんつーか人それぞれだと思うよ、俺は。だからお前も焦ることねぇって話。夏ちゃんは、絶対お前以外の奴は見ないよ。見てて思う、よく分かる。―――だからこそお前にはきっとそれがわかんないんだ。先走って今みたいに後悔してる」
 雅成の手から、温くなった酒を奪う。
「落ち着いて、一歩引いて回りを見てみろ。お前が思ってるより世界は狭いんだから」
 言い終わってから恥ずかしくなったのか、イヤーン俺超良いこと言っちゃったーん! などとふざけながら奪った酒を一気に飲み干した。
「まっずいし温い! お前手の体温高すぎだろ、子供か」
「酔ってるからかな、ん? あ、春夢鼻血」
 ぽたぽたと机に染みを作るそれを見て春夢は、「あ、本当だ」と目を丸くした。
「ダッサいなぁ、俺」
 げらげら笑いながら春夢がティッシュに手を伸ばしたときだった。

「なー、春夢……」
 いきなりミクロがやって来て、反射的に振り向いた春夢の顔を見て硬直する。
「あ、ミクロ」
「春夢っ、ちょ、大丈夫か!? あわわ、アタシがやり過ぎた!ゴメンゴメン本当ゴメン!ほら、下向くな!上向いてティッシュ当ててろ!」
 わたわたと慌てだすミクロに愛おしむような視線を春夢は向ける。
 ―――バカップルめ、雅成が言うと春夢は満面の笑みで、可愛いだろ、と口だけで言った。
 馬鹿か、雅成も笑ってふと夏に会いたくなった。
「春夢、ごめんなんだけど」
「ん? おお、帰れ帰れ。お前なんか帰れ」
「ああ、すまない」
 拳をゴツンと合わせて雅成は春夢の家を出た。
 何となく、朧げで不確かだがしなくてはならないことを見つけたように思う。

 夏、と口の中で雅成は呟いて家に向かう。
 今日は夏は帰らない予定だ。だけど明日になったら帰ってくる。

 会いたい、会いたいと思うままに雅成は走った。
 酔いなんてとっくの昔に覚めていた。






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