[> 蜃気楼の接吻。 |
人を喰うと言う事は例えようのない、真に不思議な感覚でして。 思惑は人それぞれ何でしょうが、私の感覚のみに置いて言うなら「ただの同族嫌悪」でございましょうか。 その話とは少々"食い違った"事にはなりますが、一つの価値観の違いとして、とある少女の話でもしましょう。 その少女は、蜃気楼を見ました。 と、言うより蜃気楼の中に少女を見たのです。 少女は瞠目しました。 なんせ"その少女"は自分の追い求めていた理想の人間そのものだったのです。 慌てて声をかけようとしましたが目の前を電車が横切る頃には、もうその少女はいませんでした。 少女は肉を食べます。 毎日毎日肉を食べます。 今日はモモ肉でした。 とても美味しかったです。 少女は食事を終えると毎日接吻をします。 居間にある、数少ない家具の一つの大きな鏡にキスを繰り返しては恍惚とした表情を浮かべるのです。 少女は恋をしていたのでした。 雨が降りました。 嵐が来ました。 少女が食後に油に濡れた唇で鏡にキスをしていると、ベランダからだれかが尋ねてきました。 なんとそこにはあの少女が立っていたのです。 少女は感涙に咽びました。 咽びながらその少女に抱き着きました。 その少女は飛びついて来た少女を嫌な顔一つせず、迎合して迎え入れました。 その少女の名前はドッペルゲンガー。 少女は自分自身に恋をしていたのです。 ざあざあと雨が降ります。 コンセントに刺さったままのコードがそれを見ていました。 雷が落ちて、多くの家の電気を切ってしまいました。 勿論少女の家の電気も切ってしまいました。 少女は自らの体の至る所を喰ってしまっていたので、体はその殆どが人工のものでした。 要するに電気で動いていたのです。 少女は蜃気楼と恍惚の中で死んでしまいました。 ベッドの上で眠ったように死んでいる少女を見て、警察の人間は顔をしかめました。 少女があまりにも綺麗だったからです。 余すとこなく、一糸纏わず横たわる少女は本当にとても美しいものでした。 その少女の肢体―――死体に興味を示さなかった唯一の、同性愛者の刑事は一通り家の中を見て回ってから笑いました。 沢山の自分の笑顔を飾り 沢山の鏡の自分を愛し 自らの肉を喰って 自らに自らを捧げ 自らに溺れた 「究極の愛ってやつかな? 無垢な顔をしてる訳だ。相手の愛を疑う余地のない恋愛なんて狂っている―――」 なんと言われようと少女は気になりません。 それは最期に自分自身の幻想と交わしたキスが恐ろしく魅力的なものだったからです。 お休みなさいのキス。 蜃気楼に抱かれて眠る少女は笑ってるようにも見えました。 H23.02.08 :)迅明 Novel Top |