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[> 子泣寺




 昔昔、子泣き寺と呼ばれる寺があった。
 本当は違う名前だったけれどもその寺は寺の名前を掲げた看板がとうに朽ちてしまっていたので誰も本当の名前は知らないのだった。
 その上、元々無人だったそこに住み着いた男が人のいい男で何処からともなく幼子を次々拾って来る。
それらがよくわんわんと泣いているので子泣き寺。

 男は何時も何時もにこにこと穏やかに笑いながら子供を見ていた。
時には微笑みながらも子供を叱った。
 仏も神も素知らぬふりで子供を大切にする男だった。
村の人も、まあ孤裡や盗っ人の住家になるよりはとなんにも言わなかった。
もう他のところに新しく寺を建てたのだしと、男が畑を作ろうが何をしようが本当になんにも言わなかった。

 時は流れいつしか子泣き寺には7人の子供と男が暮らすようになっていた。
 綺麗に剃り上げた頭にお天道様を浴びながら子供たちが畑の野菜に水をやるのを眺め、男は静かに微笑んでいる。
子供たちは男の事をおいちゃんと呼んではけらけらと笑う。
 それを見て、村人の誰かがまるで極楽浄土のようではないかと呟いた。

 男の昔は、誰ひとりとして知らなかった。
だが、誰もが男を菩薩のやうだと言った。

 男はただただ微笑むばかりである。

 されど、幸せと不幸は紙一重。
たった一人の男の来訪で、ギシギシと古板のように軋み出すものもあるのだ。

それもまた摂理。


===


 もし、そこのお方。
困っておられるのでしたら我が家にお越しになっては如何でしょう。
決して裕福ではございませんがもてなしの心はございます故。

 衣吉が顔を上げるとそこには何とも可愛らしい少女がいた。
この少女、子泣寺の一番の器量よしの桐という女子だった。
 衣吉は前に勤めていたところを追い出されて以来、食う寝るに困りっぱなしの放浪の身だったので、大変に有り難いと思い遠慮なく厚意に甘えることにしたのだった。



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