[> 花人形とたなごころ4 |
恐らく、もうすぐ3日経とうとしていたときでしょうね。 眼に、ワタクシの眼に違和感が訪れましたの。 ワタクシはただただ鼓動が高鳴るのを感じましたわ。 早く、早く開きなさい。 ワタクシの眼にそう命じたりいたしましたが眼は一向に開きません。じれったいと思いましたわ。 そのうち耳にも違和感が訪れました。 ―――カチカチカチ、カチカチカチと忙しない音が頭に響くようになったのです。 やがて、あの忌まわしい悪魔の声がしました。 ―――今に開くぞ、さあ、 3、2、1。 パチンと音がしました。 ぱちりとワタクシの眼は開きました。 ひやりとワタクシの耳は通りました。 同時に、身体に衝撃が走りました。 ばぁん、と耳が潰れそうな音がしました。 顔は動きませんのでワタクシは恐る恐る身体に抱き着いて来たものを見下ろしました。 それは人でした。 始めて眼にする人間でした。 赤い赤い掌がワタクシの顔にゆるゆると伸びて頬に触れようとします。 もう一人、人がいることはわかっていましたがワタクシはその掌から眼が離せませんでした。 ―――まさか、もしかして。 嫌な気持ちが頭を過ぎります。 後ろに立った誰かさんが何かを言いますがワタクシには理解出来ません。 掌が近づいて来ます。 水のような、生温いものがワタクシの身体を伝って流れて行くのです。 真っ赤に染まった、いびつな花のような掌。 ワタクシに抱き着いた男には片腕がございません。 後ろにいた人間が何かを叫びました。 掌がワタクシの頬に触れる直前、また、ばぁんばぁんと何かの終りのような音がしたのです。 男の掌はワタクシの頬から唇を掠めただけで力無く地面に向かって落ちました。 ワタクシは眼から水が流れるのを止めることができませんでした。 何故ならそれは、幾度も幾度もワタクシに触れた事のある掌だったのです。 ワタクシの愛しい人の掌だったのです。 ワタクシの耳元で悪魔がげらげらと下劣な声で笑うのすら、ワタクシにはどうでもよい事でした。 たった一瞬の内に彼は死んでしまった。 その事が悲しくて悲しくて堪りませんでした。 ワタクシは、彼を見たかっただけなのです。 ワタクシは、彼の声を聞きたかっただけなのです。 やっとそれが叶うようになったのに、彼は顔を見せてはくれないのです。 彼は口を利いては下さらないのです。 ただただ赤い滴を流すだけのものになってしまいました。 そのことに、ワタクシはただ涙を流すだけ……。 ワタクシは彼の感情により生きていたのです。 彼からの感情が無くなれば死ぬのもまた道理。 悪魔との契約は一瞬だけ。 時が来れば目も耳も塞がるのすらも道理。 つうぅ、と一筋ではない水がワタクシの頬を伝うのを感じました。 それから気がつくとここにいたのです………。 ――――ああ、ああ、泣かないで下さい優しい人。 よければワタクシの涙を拭って下さいませんか、止まらないのですわ。 悲しい。 とてもとても悲しいのです。 触れて下さいませ。 出来れば頬に。 その両の手で。 ……嗚呼、やはり今までちいとも方の手でしか触れて下さらなかったのはそのお腕がなかったからなのですね。 愛しい掌、何て愛しいたなごころ。 あったかいですわ。 良かった、あの日のあなたの掌はとてもとても冷たくて堪らなかったのです。 きっとお辛いことでもあったのでしょう。 ワタクシは聞きません、何が有ったのかなんて、だから今しがた。 ああ、泣かないで下さいませ優しい人。 ワタクシは貴方のお声を初めて聞けますの。 ワタクシは貴方のお顔を初めて見れますの。 ワタクシは貴方を感じれて幸せなのですわ。 ねえ、愛しい人。 ワタクシもう普通の人間と変わりませんのよ。 ああ、好きですわ。お慕い申し上げております。 ずーっと恋慕を重ねて来ましたの。 もともと人形ですけれども。 悪魔と交わった愚か者ですけれども。 よければ愛して下さいませんか。 よければ他も触れては下さいませんか。 駄目であれば駄目で良いのです。 駄目で良いのです―――。 (そう言って花人形は私を見上げず私の手を握った。 ああ、あまりにも儚そうな肩だと私は思った。 彼女に昔話をしようか。 彼女に、私が彼女を買った理由を。 私が彼女に抱いていた不満を。 すると彼女はどう思うだろう。気持ち悪がるだろうか。 ―――いいや。 彼女はきっと泣いてくれる。) (聞いてくれなかモンシェリー。) (ずっとその掌に恋していたのはこっちなんだ。) H22.12.31 迅明 モンシェリーって愛しい人って意味だったはず……← 初恋に投稿しようか迷って短いから止めました。 割と気にいってる Novel Top |