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[> 花人形とたなごころ3





ワタクシが感じる彼は、掌のみでした。
恋をしてしまえば人形もまた女。
浅ましい感情を沢山抱いたものでございます。

―――あの方のお顔を拝見したい。
しかしワタクシの眼は閉じたまま創られている。
―――ならば、あの方のお声を拝聴したい。
しかしワタクシの耳はワタクシの皮膚に潰されている。
―――せめて、あの方に触れたい。
しかしワタクシには骨も肉もないのです。動ける道理もございません。

ワタクシは悔しくて哀しくて幾度も幾度も泣きそうになりました。
しかしワタクシの身体は涙を流す事すら叶わぬのです。
これを神の非道と呪わずになんと致しましょう。
ワタクシの肩の辺りに入った華の刺青がジリジリと痛みました。
その刺青はワタクシの一番の美しい所だとワタクシは自負していました。まるで本物のような柔らかな花弁は紅いつやつやとした華を一輪咲かせ、それをワタクシは贅沢にも肩に閉じ込めて仕舞っていたのですからそれも道理と言えましょう。
その華はワタクシが怒りを感じるとき、ジリジリと痛むのです。
そんな所も含めて、ワタクシはその華を世界で二番目に愛しました。
一番は、言わずもがな。

―――神を呪い、人を想い、怒りに華を焼く。
別に一度も――と言えば嘘になりますが――彼に愛されたいと願った訳ではございません。
ただ単に彼を感じたいと願っただけなのです。
しかしそれすらも叶えて下さらない。
ワタクシは何時しか何でも良いと思うようになりました。

―――何でも良いから彼を感じたい。
そんな愚かな想いは恥ずべき事だったと今は悔やみますが……それでも強く強く、その時は思っていたのです。

やがて、ワタクシに何かが言いました。
お前の肩のソレと引き換えに、俺がお前の願いを一瞬叶えてやろう、と。


――あら、お顔色がよくありませんわね。大丈夫ですの? やはり貴方はお分かりになりましたか。
ワタクシ、その誘いに二つ返事で領承をしてしまったのです。

信仰を引き換えにするのが神ならば、モノを引き換えにするのは悪魔。
そう、ワタクシはあの恐ろしい悪魔と約束事を交わしてしまったのです。

――悪魔と約束事を交わした者の末路など知れていますわ。
それは人形とて例外ではないのです。
悪魔はワタクシの一番美しいものを持って、言いました。
3日後にお前の眼は開く、3日後にお前の耳は通る。
ワタクシは感涙に咽びそうになりながらも、涙なんて出ないのでただただ礼を言いました。

それから、ワタクシはただただ長いばかりの3日間を過ごしたのです。

……何の気まぐれか、彼はいつも以上にその3日間、ワタクシに触れて下さいました。
手を添えては離し、離しては添える。
彼がワタクシの眼を開く事を知って待っていてくれるのかとすら、ワタクシは思いました。
ワタクシの眼が開いても、きっと彼は気味悪がる事は無いかもしれない―――そんな風にすら思いました。
幸せしか、想像しませんでしたの。
―――でも、それはとても愚かな事でした。
(幸せな思い出話の筈なのに、彼女は泣きそうな声をしている。
私は彼女のその異変の理由を既に知っていた。―――知っていたのだ。始めから。)




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