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[> 花人形とたなごころ2





ワタクシはご存知の通り人形です。
ある人形造りの殿方が恋した踊り子の姿を模しているそうですわ。
そのワタクシに何を感じて下さったのかはわかりませんが―――あるとき、別の殿方がワタクシを買って下さいました。
その方の、恐らく家か何かに運ばれたワタクシはその日から彼のモノになりました。
彼は、酷く優しくワタクシを扱って下さいましたわ。
埃を払い、髪を梳かし、日に当たらないようにして黄変や退色を防ぎ、時折身体を拭いて下さいました。
そして日に何度も何度もワタクシの頬に触れますの。右頬には掌で、左頬には手の甲で。たまに左頬も掌で触って下さる事も在りましたが指の並びが逆でしたので同じ手だと謂うことがワタクシにもわかりました。
ずーっと片手でしか触れて下さいませんでした。ワタクシはその両の手でワタクシの頬を包んで欲しいとずっとずっと思っていたのに。それが凄く不満でした。

……ええ、触れるのは頬のみでしたわ。
他には一切触れないのです。触れるとしたら身体を拭いて下さるときだけ。本当、奥ゆかしいくらいでした。

――彼の掌はワタクシにとって時を伝えると共に新鮮な気持ちを与えて下さいましたわ。
春は温い、夏は少し汗ばんで、秋は少し荒れた手を、冬は氷のような、それでいて優しい。――ワタクシ人形ですから本物の氷に触れた事はないんですけれど。それでもそんな風に感じられましたのよ。
どんなお仕事をされていたのかは存じませんが、ワタクシはその掌が愛おしくて愛おしくて。
春には包み込む様な気持ちで、夏は熱いお手が少しでも冷めるように、秋は荒れた手が傷付かないように願って、冬は少しでもその氷の掌が溶けるように。
祈って願って心を込めて、気持ちばかりでも気に入って頂けるように。

―――そうです、ワタクシは彼にいつしか恋をしていました。

(恋を、その言葉を聴いて私の心は跳ねた。
悲しそうなその表情を、私は生あるときに幾度も見てきたように思う。
堪え切れずに手を触れると、彼女ははっとしたように私を見てひっそりと微笑んだ。それは秋に散る花のような微笑みだった。)




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