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[> 殴りたくなる





 目の前のヤクザ者に悪戯心であながち嘘でもない嘘をついた。
 俺と言えば同性愛者でその人がわりかし好きでどんな反応をするか見てみたかっただけなのだ。
「岩居さん、俺、好きな人が出来たんですよ」
 一瞬驚いた顔をした彼は
「そう、か」
と呟いてこちらを向いた。
 その数瞬後、キスされた。

◇◇◇

「ちゃーっす」
 個室のドアを開けると驚いた男の顔があった。
 何故来たと視線で問われながらも俺は何も答えずにいつもの調子で寒いっすねなどと嘯いてみる。
すると岩居の方から戸惑いを隠す様な、それでいていつもの調子で声をかけられた。

「…よう、瑞也」
「ドモ、元気そうで何よりっす」「馬鹿言え、お前はお前の元気の方が大事だろう」
「そうですね」
「認めちまうのかよ」
「だって実際そうですし」
「可愛くねえなぁ、お前は」
「俺男ですもん。可愛かったらキモいっすよ。ちょっとないです」
「そうだな、」
「認めちゃうんですか」
「馬鹿、当たり前だろ」
「そうっすね」
「だろ」
 そこでぷつりと会話は途切れた。岩居は気まずそうにに天井を見る。昨日の今日では流石の俺だって気まずい。
 唐突にお前、頭悪そうだなあと言われた。何を失礼な、と思ったがその通りなので悪いっすよ。と返した。
「勉強嫌いですもん」
「俺も嫌いだ」
「高卒ですもん」
「俺も高卒だ」
 その言葉に俺は思わずびっくりしてしまう。何だその顔はと岩居がこちらを睨んでくるが気にしない。
 他人にはどうかは知らないがこの人は多分俺に絶対暴力を振るわない。臆病なのだ。肝心なところで。
「岩居さんも馬鹿じゃないですか」
「馬鹿言え、俺は此処の出来が違うんだ。それに俺の勤め先は学歴じゃねぇからな」
「いーなー俺もそこで働きたい」
「だからお前は馬鹿だと言うんだ。お前なんか直ぐに首が飛ぶぞ」
「どういう意味でですか」
「二通りの意味でだ」
「なんすかそのデストロイな職場。あの世へ左遷とかハード過ぎる」
「だってやくざだしな」
「うわっハードっすね……はぁ…」
 やっぱり来るんじゃなかったな、ぼんやりとそんな事を考えていたらいきなり右腕を掴まれた。
 思わず身体が強張ってしまう。それを感じたのか岩居はすぐに手を離して顔を背けた。
 暫くして、なぜ来たと声がした。
俺は何も答えない。

「お前は、俺にあんなことをされながら、俺の気持ちを知りながらなぜのうのうとそこに座っていられるんだ」
 苦しそうに岩居は言う。
何と無く見えない顔の表情も伺えるような気がした。
口を開くか開かざるか、一瞬迷って結局口を開く。
「……だって、俺、岩居さんの気持ち聞いてませんし」
「伝わらない一方的な想いを口にしたところで虚しいだけだろう」
「キスはしたくせに、逃げるんですか」
「…………」
肯定も否定もしない。
何だか無性に腹が立つ。
人がわざわざ腹を括って来たと言うのに、散々自分勝手な振る舞いをしたくせに何を今更怖じけづいているのか。
腹が立つ、腹が立つ。アンタは狡い、卑怯だ!と心の中で叫ぶ。
きっとこの人がどうでもよかったら俺は此処には来なかった。
俺はこの人が好きだから此処に来たのになんでそれが解らないのか。
地団打を踏みたいようなもどかしい気持ちになる。

「俺に拒絶されんのが怖いんですか。あんたは俺が同性愛者だからキスしたんですか? 違うだろ? 意味があったんだろ? 俺は馬鹿だけど――馬鹿なりに考えて考えて今日此処へ来たのになんだよ、何一人で終わったような気になってるんだよ。それって狡くないですか、卑怯じゃないんですか」
 みずなり、と岩居は俺の名前を呼んだ。びっくりしたような、苦しむような顔で。
 その顔を見るとぶん殴りたくなる。
あんたは馬鹿だと叫んでやりたくなる。
俺の気持ちを知らないで、知ろうともしないで臆病に逃げている。
 この人がどれだけ仲間から勇敢だ、残酷だと言われようとどれだけ悪い事をしようと俺にとってはただの臆病者だ。
 そんなこの人が好きだと思ってしまう自分もぶん殴りたい。

 ―――好きなんですよ、あんたが。

 殴る代わりに言葉を投げ付けてみた。
 効果は思ったよりも覿面で、岩居は鳩が豆鉄砲喰らったような阿呆な顔になる。

「プライド無駄に高い癖に俺に対して臆病者な、そんな馬鹿な岩居さんが好きです。俺をゲイと知っても笑って頑張れよと言ってくれたアンタが好きなんです。正直、キスされたとき心臓が張り裂けそうでした」
 相変わらず呆けたような顔の岩居を見る。
キスしてやろうかと思った。
しかし身体が動かない。
拒絶されたら堪らないからだ。
 結局俺も臆病者だった。情けない話である。

「瑞也、」
 いきなり腕を乱暴に引き寄せられる。
「俺は、瑞也が好きだ」
 言われて心臓がドクンと跳ねた。単純な心臓だ。
 こう言う事を普段なかなか言いそうにないこの男は今、一体どういう顔をしているんだろうと顔を上げようとしたが手で制された。
「岩居、さん」
「……どうにも普段言わねえ言葉は歯切れが悪い。見んなよ、見んな。恥ずかしいからな、見んな」
 ぶはっ、と吹き出した俺にきっと岩居は渋い顔をしているだろう。
 しばらく抱きしめられたままでおとなしくしていると、扉の方からガチャンと音がした。
慌てて身体を離すと看護婦さんが走り去る姿が見えた。

「……どうするんですか岩居さん。見られましたよ? あーあ、俺あの看護婦さん狙ってたのになー…」
「何、問題ねえ。明日にでも退院するからな。実は随分前から退院許可は下りてたんだけどちょっくら私用で延ばして貰ってたんだ、でももう必要ねえ。―――そんな事よりお前、後半の聞き捨てなんねえ言葉はなんだ」
 じろりと睨まれて俺は目を逸らす。
馬鹿みたいに本気にしてるこの人が愛おしい。
「さあ? 聞き違いじゃないっすか?」
 へらりと笑って俺は岩居にキスをした。



◇◇◇

何だか恥ずかしい話。
つーかなんか岩居が馬鹿馬鹿言われすぎて可哀相になってきました
やくざやくざしいやくざが書きたい
つーかやくざやくざしいって何だ\(^p^)/

H22.12.15
:)迅明



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