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[> カーネーションBoy3




「やほー、お兄さんってあれ、今日は花が違うね。一輪ぽっちだ」
へら、笑って声を掛けるとお兄さんは僕を見て目を見開いた。が、少し間を開けてこちらに向き直る
「……そうだ、今日は死人花一輪だけだよ」
「そうなの、ふぅん。それも仏花なの」
「阿呆、んなもん仏さんに備えねぇよ。罰当たりだ」
ふーん、ぼくは曖昧に頷いた
少し違和感を感じてお兄さんの顔を見つめる
お兄さんは嫌そうに視線を逸らした

「んだよ」
「お兄さん何かいつもと違うね」
「そんなことねぇよ」
「違うよ、だってなんだか―――――」
なんだか、不思議な顔
いろんなのが混じった様な顔してる
ついでに目が真っ赤だ、瞼が腫れてる
そう言うとお兄さんは眉を顰めた

"何で?"
聞くと彼は先ずは俺の質問に答えろと言い、それにぼくは頷いた

真黒の目を伏せる
「坊主、何で此処にいるんだ?」
「お兄さんと遊んであげる為」
「…………上からかよ」
「上からではないです、下から見下してるの」
「………………はぁ」
やれやれ、
そう言いた気にお兄さんはうなだれる
萎れかけの死人花が一緒に地面を向いた

「で、お兄さんは?泣いたんでしょ?」
「―――餓鬼の感は無駄に鋭くて厭だ。女の感より性が悪い。直球過ぎる。言葉に遠慮がない」
ごまかすように溜め息を一度吐き、お兄さんは言葉を紡ぐ

「何にも無くなったからだよ」

やけに無表情、それでいて自嘲気味の笑みも含めた不思議なカオ

「坊主、俺はな。今からオヤジの敵を取りに行くんだ。相手さんに死人花贈ってな。粋だろ?」
「お兄さんのお父さん死んじゃったの?」
「や、お父さんじゃねぇよ。まあ、父親同然だったけどな」
へらっと笑って背広の隠しから煙草を取出す
それに火を点けながらお兄さんは笑った

「懺悔、聞いちゃくれねぇか?坊主。謝罪をさせてくれ」
「…………?いいよ」
「そうか、ありがとう。そんですまなかった、本当にすまなかった。坊主はあんなに俺を励ましてくれてたのに何一つ返せなかった」
煙草をくわえたままぼくの目線まで頭を下げてお兄さんは懺悔する
今にも泣き出しそうな声で、でも笑いながら
あれ?そういえばおかしいな、ぼく、とうに学校に行っている時間の筈なのに

「すまなかったよ、本当にすまなかった。俺はやっちゃあいけねぇ事を、畜生修羅極道の道を歩くような事しかやってこなかったが、それでも人間、やって来たつもりだよ
恩を弁え、仁義を通してやって来た筈なのになぁ……すまない、すまない…!」
はた、と気がつけば、いつの間にか、お兄さんは泣いていた
そして、いつの間にかぼくも泣いている
"すまない、すまない"
繰り返しながらお兄さんは悔しそうな顔で歯をギリリと擦り併せた
「俺はもう、復讐以外なぁんもない身だ。だから行かなきゃならない」
「……死ぬの」
「ああ、死ぬだろうな。鉄砲玉のまね事しといて生き残れるたぁちぃとも思っちゃねぇよ」
立ち上がって背広の袖でぐしゃぐしゃ顔を拭きながらみっともねぇとこ見せちまったな、とお兄さんは笑った
それから死人花の反対の手で、スーツケースと共に持っていた紙袋の中身を取出す

「あ、カーネーション!」
「よく知ってたな、坊主。これ、お前にやるよ。骸さんにならまだしも本人に仏花を直接渡すのもなんだしな」
本当はオヤジのなんだけど、
笑いながらポイと地面に煙草を落として靴で火を消す
その動作を見ながら何と無くお兄さんが生きても死んじゃっても永遠の別れなんだろうな、と頭の隅で考えた
――ああ、そっか、ぼくもう


「お兄さん、」
「なんだ、坊主」
「ぼく、お兄さんみたいになりたくなかったんだ」
「知ってるよ」
「……えっと、だから、だからお兄さんもぼくと一緒になるなよ!」
生きろばぁか!

何時もはがちゃがちゃと煩いランドセルを鳴さず踵を返す
あっかんべーをする間もなく走り出すと何時も通りお兄さんは追っ掛けて来なかった
ただただ納得したようなカオしてこっちを見いる
聞こえないようにぼくは口の中で呟く

(気をつけて行ってらっしゃい)

来世でまた遊ぼうね

ガードレールに立て掛けられたカーネーションが僅かに揺れていた


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