ルルはあまり海に行くのは好きではないらしい。海だけではなく、川も湖も、つまり水が沢山あるところには近づこうとしない。何故かと聞いても彼女は「わからない」と苦笑いをして首を振るだけだ。 それでも一度だけ無理に手を引いて海に連れ出したことがある。嫌だ嫌だと今にも泣きそうな顔をして拒むから思わず怒鳴ってしまった。彼女はとうとう彼女が拒む海の色をした瞳を滲ませ、私はというと直ぐに過ちに気づいたにも関わらずその場から逃げ出してしまった。悶着を起こしたのは浜辺近くの駅だった。そこから走って走って、右手のバッグを握り締め走って、海を望む堤防の直ぐ側で泣いた。 困らせたいわけではなかったのに、ただ、美しい海の素晴らしさを、楽しさを、分かち合いたかっただけなのに。私はなんて馬鹿なんだ、アホなんだ、嫌われた、もう死んでしまおう。ずっと一人で、泣いた。 ひとしきり泣いた後少しだけ海を眺めて駅に戻った。 ルルは居なくて、一人で電車に揺られ家に帰った。その日はもう彼女に会うことはなく、次の日の朝目が覚めるといつもと変わらない様子のルルが玄関の前に立っていた。 まるで何事もなかったかのように挨拶をして、今日は何して遊ぼうかとあれこれ思案する彼女を見て、また泣きそうになりながら「公園で鬼ごっこしよう」と言ったことを覚えている。 私は紅茶を一口飲んで本を閉じた。興味本位で手に取った旧約聖書はただただ人間心理と世界の歪曲を謳っているだけのつまらない本だった。 そのつまらない本のつまらない字の羅列を横目に古い記憶を思い出していた。 ふと見上げた窓の外は暗く、ざあざあと雨が降っている。 きっとこのうるさい雨音なら聞こえないだろうと思った。 「ごめんね」 そっと呟くと、隣で歴史書を読んでいたルルが顔を上げて「いま何か言った?」と此方を向く。 私はただ「なんにも」と返して立ち上がった。照れ隠しでもある。 「気にしてないよ」 「え?」 「ん?」 「あ、いや、なんでもない」 本棚に向き直ってから、何食わぬ顔でまた熱心に文字を追う海色の瞳を見て、私は泣きたくなった。ルルには聞こえていたのかもしれない。 ああ、彼女はなんて優しいのだろう。 140221 |