典くんはよく本を読んでいる。ほとんどブックカバーをしているから何を読んでいるかわからないけど、名前を呼べば顔を上げて、読みかけのページに栞を挟んでパタンと閉じる動作が綺麗で好きだった。

そして典くんは物知りだ。一緒に水族館や植物園、自然公園なんかに出掛けたりすると、その場所の見所、魚や植物の名前や特徴、有名なエピソード、有名である由縁、果ては歴史に至るまでたくさん話してくれる。だから一緒にいると、私まで賢くなった気になる。

物知りなのは、やっぱりたくさん本を読むからかな。じゃあ私も真似して読んでみようと普段は本屋さんの漫画コーナーにしか足が向かない私が珍しく歩みを進めた書籍コーナー。典くんが読んでそうな少し小難しい本に挑戦するぞ!と意気込んでいた私だったけど、【好きな人とずっと一緒にいたい人必見!男と女が正しくわかり合う為の一冊!!】と帯の煽り文に目が行ってしまい、単純な私は『典くんとずっと一緒にいたいからこれは買い!』と全く買う予定のなかった自己啓発本を買ってしまった。
形だけでも典くんに近付ければと思い、ブックカバーをして空いている時間に読むようにしていたら、典くんに「珍しいね、何読んでるんだい?」と訊かれ。まさか「典くんとより良いお付き合いをする為の本だよ!」な〜んて口が裂けても言えず。「ちょっとした自己啓発本!」と誤摩化しておいた。


そして今日。
どうしてもクリアできないゲームを持参してお邪魔した典くんの部屋で、私は知ることになる。


ゲームの途中突然の来客に、典くんのお父様とお母様が不在のため典くんが対応しなければならなくなって、典くんがお部屋からいなくなってしまった。「先にゲーム進めてて!」と言われたけど、典くんと一緒にやりたいのでちょっと待つことに。そわそわと周りを見回す。お付き合いをするようになってから何度か来てはいるけど、主にゲームを一緒にしているのですぐ画面に集中してしまい、こうして改めて見るなんてことは典くんのお部屋に初めてお邪魔した時以来だ。

『ゲームと本が棚にたくさん・・・』

綺麗に納まってはいるが数が多い分ぎっしりみっしりで、1つ取り出そうとするとその両隣のものまで一緒に出てきそうだ。それに苦戦して棚から本やゲームを取り出す典くんを想像してちょっと笑ってしまう。かわいいなぁもう!

次に目が行ったのは典くんの机だ。やっぱり綺麗に整頓されている。机の上のブックエンドには本と雑誌が数種類挟まっており、こちらは比較的よく読まれているらしく付箋が挟まっているものがある。・・・ん?

『この雑誌・・・近隣の観光施設とかが載ってる・・・』

勝手に見るのはいけないことだけど、ただの情報誌なのでやましいことはないはずと手に取って開くと。付箋がしてあるのは私と行った場所ばかり。見所はマーカーで大きく囲われている。マーカーで囲われているその解説文は、どれもこれも私が現地で典くんの口から聞いたものばかり。

『・・・え?え??』

さらにページをめくると。

『・・・!ここ、次に一緒に行こうって言ってた博物館だ・・・!』


君が興味ありそうなものも多く展示しているんだけど、どうかな?


そう典くんに提案されて、二つ返事で行くと答えたのを覚えてる。この博物館のページにもやっぱりマーカーや付箋が多く目立つ。

『典くん・・・私と行く場所、もしかして事前によく調べてくれてたの・・・?!』

もしそうなら、とっても嬉しい。嬉しいけど、典くんがこんなに調べてくれていたのに、全くの無知状態で一緒に行った自分が恥ずかしい。少し戸惑いながら情報誌を閉じ、ブックエンドに戻そうとすると。その情報誌の隣にあったブックカバーのかかった本に見覚えがあった。典くんが最近よく学校でも読んでる本だ・・・!過去に何読んでるの?と聞いたら『ちょっとした・・・心理学の本、かな』と言われた覚えがある。心理学とか典くんかっこいい!!と思ったのも記憶に新しい。典くんも読んでるし、今度私も読んでみようかな。本のタイトルはなんだろう・・・。私は表紙を確認する為、ブックカバーを外した。そこで最初に目に飛び込んできたのは。

【好きな人とずっと一緒にいたい人必見!男と女が正しくわかり合う為の一冊!!】

という帯の煽り文だった。・・・え?


『こ、これって・・・!』


慌てて内容を確認すると、間違いない。私も持っているあの本だ。

その時、私は急速に理解できた。
最初から物知りだった訳じゃない。典くんは私と行く場所を事前に調べて、当日、私が退屈しないようにとても気遣ってくれたんだ。だから私は典くんを、元々そういうことが自然にできるスマートな人だと勘違いしていたけど。それは全部全部、典くんが裏で頑張ってくれたから。パートナーが見ていないところでの頑張りが、長続きする秘訣なんだって、あの本にも書いてた・・・!

胸がいっぱいになって、目頭が熱くなった。私は、私が思っている以上に、典くんに大切にされてる。それを気付けずにいた今までの私が恥ずかしい。だけどやっぱりすごく嬉しい。私は典くんが日夜読んでいただろうその本をそっと撫でた。まだ学生の生っちょろい私がこういうのも生意気だけど、愛しいって、こういうことを言うんだろう。


その時、しばらく部屋を留守にしていた典くんが戻ってきた。


「ごめんお待たせ。あの叔母さんは話が長くて困るよ・・・だけど美味しそうなクッキーを貰ったから、持ってき・・・」


そこで典くんは、私が手にしているカバーの外された本に気付いた。典くんは動きが止まり、持っていたクッキー缶を床に落としてしまう。未開封だったため、中身が散らばることはなかったが、ガコンというなんとも間の抜けた音が部屋に響いた。


「い、いやっそれはその・・・!」


途端にわたわたし始めた典くんが何やら弁解を始める。


「電車の待ち時間に適当に目についた本を買っただけであって!!たまたまなんだ!!特に読みたいものもなかったから消去法でそれを買ったというかっ、僕が読みたくて買った訳じゃあないというか!!」


ここまで焦る典くんを見るのは初めてだ。普段穏やかなだけに、早口でまくしたてる典くんに驚き、圧倒されて「そ・・・そうなの?」とたじろぐ。そんな私を見て、典くんは片手で額を覆い「あーーー・・・・・・」と項垂れてしまった。


「・・・本当は」


典くんが項垂れたままの姿勢でポツリと続けた。


「君と付き合うに当たって、少しでも参考になればと思ったんだ。女性と付き合うなんて初めてだし、これまでの交友関係だって決して広くない。そんな僕が君とどうしていけばこれからも一緒にいられるのか・・・それが知りたくて、買ったんだ」


そしてゆっくりと上体を起こし私を見て、自嘲気味に嗤った。


「・・・気持ち悪いだろう。引いたかい?」


もちろん私はすぐに首を横に振った。そして急いで自分のバックが置いてあるローテーブルの横へ移動する。突然の行動に、典くんは驚いているみたいだ。バックの中身を漁って、取り出したのはもちろん、典くんのものと同じあの本。そして私はブックカバーを外して典くんに見せた。


「私もっ!典くんと全く同じ経緯で同じ本持ってるの!!・・・引いた?」


本を突きつけられた典くんは目を見開いて空いた口が塞がらない、という状態だった。が。段々顔が赤く染まっていく。典くんも自覚があるのか片手で顔を覆ってしまい「はは・・・っ」と笑った。


「引くはず・・・ないだろう・・・!」


手を外して私を見た典くんは、赤い顔で泣き笑いの様な表情を浮かべていて、私は。この世に生を受けた十数年間の中で最高の胸キュンを記録し。


「〜〜〜典くん典くん典くん典くーーーんっ!!!」

「うわあああああッ?!!」


思い切り典くんに飛びつき、勢い余って押し倒してしまったのでした!!



物知り典くんの裏側



ねぇ典くん、今度から出掛ける場所は2人で調べよう?その方がきっと楽しいよ!!








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20150412




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