「St.VD3」シリーズのスケコマさないシーザー。
シーザーの奮闘が見たいとのお言葉があったので。





きっかけは、シヨリのあの言葉だったと記憶している。
シヨリが女友達とデートスポット情報誌を囲んでいた時に、偶然聞こえたあの言葉。


『いいのー!私はいつかきっと素敵な恋人と行くんだから!!』


ーーー俺と行けばいいじゃねぇか。


そう率直に思ってしまった時から、シーザー・A・ツェペリの戸惑いと苦悩は始まる。





シーザーは大学の入学式の日、会場へ行くのにとんでもない迷い方をしている女子学生を見つけ、声を掛けようと近付いた。が、自分よりも速くその女子学生に近付き、一緒に行こうと笑顔で誘う別の女子学生に少なからず好感を抱く。その後、その女子学生にご自慢の対シニョリーナ用口説き文句を並べ接触を重ねたところ。


『もうそのシニョリーナ扱いはやめて!私の事は男だと思って接してよ!シーザーに女性扱いされる度不快で不快で堪らないの!』


と鳥肌の立った腕を突きつけられながら猛反発された。
少なくとも彼女とロマンチックな関係を築きたい下心があった為に、シーザーも始めの頃は彼女が嫌がるその態度で押し通そうとしたのだが。ある日、彼女に泣きそうな顔で「友達になりたい」と言われてしまってはそうもいかなくなった。彼女には是非とも自分を熱っぽい視線で見上げ、甘えた声で腕を絡ませてくるようなガールフレンドの1人として落ち着いて欲しかったのだが、それも諦めた。

が、ロマンチックな関係を諦めてしまえば彼女ーーーシヨリは実に付き合いやすい良き友人になった。異性と知り合ってもすぐに恋愛対象とせず、まずは友情を。「だから恋人もできないんだけどね!」と笑うシヨリは満更でもなさそうで、以前とは違い下心抜きに好感を持ったことは確かだ。シヨリのこういった美点は友人関係にならなければ気付けなかっただろう。友人として、とても円満な関係を築けていたと思う。



そこに冒頭のあの言葉である。その会話には続きがあった。


『シヨリ男友達多いんだからその気になれば作れるでしょ〜恋人!シーザーと仲良いじゃない!!シーザーとはどうなのよ〜?』

『それはないよ、シーザーは友達だから』


即答である。その応えに多いに苛立ちを覚えたことは記憶に新しい。

男として見られていないとか、自分に魅力が足りないとか。そんな自尊心を害されたという類いの苛立ちではない。シヨリも遅かれ早かれ恋人はできるだろう。だが「今日はこれからデートなの」と嬉しそうに笑うシヨリを想像すると、とても苛立つ。笑顔で見送ってやることなどとてもできそうにない。


ーーーどうしてだ?


シーザーは自問を繰り返していた。


ーーー友人なら祝福してやるべきだろう。そりゃあ、恋人との時間の為に俺といる時間は減るだろう。だが俺は、マルクや他の友人達も祝福してきた。常に一緒にいるだけが友人ではないということを知っているから、多少自分といる時間が減っても構わない。じゃあ、なんでシヨリは違うんだ?どうして・・・


堂々巡りの思考に、また別の苛立ちが生まれる。煙草に伸ばす手を止められない。本日何本目か数えるのも億劫になった新しい一本を咥え、火をつけた。


「ーーーシーザー!!」


中庭で校舎に背を預け煙草をふかしていたところ、すぐ傍で名前を呼ばれた。完全に1人だと思い油断していたシーザーは驚きのあまり煙草を落としそうになる。


「・・・ッと!危ねぇ・・・!」

「あ、ごめんビックリした?」


振り向くと自分が背を預けている校舎の窓からシヨリがひょっこり顔を出したところだった。


「いや、大丈夫だ。どうした突然。何か用か?」

「うん、ジョセフが探してたよ?ゼミのノート貸してほしいって」

「あンのスカタン・・・ノートは真面目に取れとあれほど・・・!」

「まーまー!シーザーに借りに来るだけ進歩したよジョセフは!だから早く行ってあげて?ジョセフのやる気が持続してる間に」


苦笑いするシヨリは本当にお節介だ。そう、みんなに。自分がシヨリのことで悩んでいるとは知らず、今日もまぁ誰彼の世話を焼いて。そう考えると非常に面白くない。

そこでシーザーは、煙草の煙を充分に含んだ自分の息を、すぐ隣で顔を覗かせるシヨリに容赦なく吹きかけた。


「?! げほっごほっ・・・!いきなり何すんの!!」

「いや、実に能天気な顔がそこにあったからな」

「なにそれ!山みたいに言うのやめてくれる?!こほっ・・・それにしてもシーザー、最近煙草の本数増えてない?何かあった?」


お前のことで思い悩んでいる、とはさすがに言えず。「いや、別にねぇよ」と素っ気なく答えてまた煙草を咥えた。「そう?」と首を傾げたが、それ以上踏み込んでこない。そういったシヨリのさっぱりしているところが、男にも付き合いやすいと思われるが所以なのかもしれない。あぁ、面白くない。と、シーザーは思う。

すると突然、横から伸びてきた手に咥えていた煙草を取り上げられた。何するんだと口を開くと、煙草ではない何かが口に戻された。・・・甘い。苺ミルクの味がする。


「へへっ!」


にへら、と笑うシヨリの手には、奪った煙草と、ロリポップの包装紙が。なるほど、飴を入れられたのか。


「煙草は口寂しいから吸うんでしょ?気持ちはわからなくもないけど、あんまり吸うと身体に悪いからさ!煙草じゃなくて、たまには違うものに変えよ?ホラ、飴ならいっぱいあるし!」


と、常備しているのか数種類の飴を片手に乗せ、ニコニコと笑ってみせる。


ーーー可愛いな。


「・・・ミルク系ばっかじゃねぇか。太るぞ」

「う、うっさい!好きだからいーの!シーザーの煙草と一緒!!」


煙草よりは健康に悪くないとか、美味しいから仕方ないなどとブツブツ言い訳を始めたシヨリに視線を移す。そして思う。


ーーー口寂しい、か。そうだな、そうかもしれない。もし、この寂しさを代わりに埋めてくれるものがあるとしたら・・・


その視線が、まだブツブツと言い訳を続けるシヨリの唇に集中した時、シーザーはハッとした。



ーーーそうか。俺はコイツが好きなのか。



自覚した途端、居場所がなく彷徨っていた思考がストンと収まる音がした。


シヨリに恋人ができたらその恋人は、友人達の知られざるシヨリの一面を知ることができる唯一の存在になる。ーーーつまり、自分の知らない「女」としてのシヨリを知ることのできる唯ひとりの「男」。その男に、自分は該当しない。そうシヨリが公言していた。それが、苛立ちの原因。理解できたなら、後は簡単。


ーーー俺を意識させるまでだ。


シーザーは込み上げる笑いを隠さず表情に浮かべる。それに気付いたシヨリはまた首を傾げる。


「どしたの?」


シーザー、と続けるつもりだったであろう開いた口に、舐めていたロリポップを押し込む。すると。


「〜〜〜?!!」


まさか口に入れていたロリポップをこんな形で返されるとは思っていなかったであろうシヨリは驚きのあまり声にならない悲鳴を上げる。そして、わたわたと慌てだした。その頬に、少し赤みが帯びたのをシーザーは見逃さなかった。


ーーーそうだ。俺が見たいのはコイツのこういう顔だ。


シヨリの手から煙草を奪い返し、再び口に咥えた。


「そうだな。コレを吸ったらしばらく煙草は控えることにするぜ。煙草の代わりになりそうなものが見つかったしな」


これが宣戦布告だと、シヨリは気付くはずもなく。





その後のシーザーの行動は早かった。とにかくシヨリを意識させるため、積極的に接触を図った。さり気ないスキンシップというレベルを優に超え、恋人にする様なそれに、シヨリを始め周囲も驚いていたようだ。


講義ではわざとシヨリの利き手とは逆隣に座り、授業内容を相談するフリをして必要以上に顔を近付けたり、ノートを取っている間机に添えられているだけの手を取りその指を撫でたり。

カップルの多い場所に連れ出したり。

睫毛にゴミがついていると嘘をつき、目を瞑らせて前髪が触れる距離まで顔を近付けたり(いっそキスしてしまいたかったが何とか耐えた)。

飲みの席で強い酒を勧め、ふらつき始めたところで支えるフリをして腰に手を回したり。

男友達との缶ジュースの回し飲みを阻止したり、シャンプーを変えたと聞けばその髪に顔を埋めたり、ハンドクリームの匂いを確認するフリをして手の甲に口付けたり。

人前でも堂々とやってのけた。目撃した者は多いだろう。それこそ狙い通りだ。そのまま付き合っているのでは、と噂でも立てば自動的に外堀から固まる。

だが肝心のシヨリの反応がイマイチだった。驚いて顔を赤くすることはするのだが、すぐに何事もなかったように流されてしまう。自分を意識して気まずい雰囲気にでもなればなし崩し的に迫って一気に陥落させることも可能だろうに、こうも「何もありませんでした」という姿勢を貫かれるとこちらとしても出方を迷う。

一筋縄ではいかないと思ったシーザーは、最大の譲歩・「バレンタインを他の女性から受け取らない」という自分でも信じられない手段に出たのに、当のシヨリからバレンタインに受け取ったものは「たくさんお菓子をもらうだろうから、それに合うコーヒー詰め合わせ」だったのにはさすがのシーザーも落ち込まざるを得なかった。次の日に偶然合えたことは今でも天の助けだったと思っている。無防備に眠るシヨリの寝顔を『ベットの中で見せやがれ』と思ってしまった時には、相当惚れ込んでいると末期を自覚した。


『シーザーとのこういう遣り取り、すごく好きだなって。シーザーは自然体の方が良いよ、絶対』


この言葉に、絶対にお前をモノにしてやると決意を固くさせたことを、シヨリは知らない。


とはいえ、一進一退。それが常になっていると焦ったシーザーの接触は、彼の友人が予想した通り随分と大胆になってきた。シヨリもさすがに意識し始めたのか、少し距離を詰めるだけでビクリと反応を示す。身体は素直に反応するくせに、平然を装うその様子が面白かった。


ーーーもう少しだ。


シーザーは笑う。シヨリの恋人という肩書きを手に入れて、誰よりも近い存在になれる日はもう遠くない。今まで通り軽口を叩き合って、笑い合って。そして、意地悪をして、甘やかして、照れさせたいし困らせたい。友人であり、恋人。多くの女性に甘い夢を見せながらもそんな関係を、ずっと待ち望んでいた気がする。紛れもない、シヨリは特別だ。特別な彼女の、特別な存在になりたいーーーいや、なる。





ーーーそう、あともう少しで。





接近



今日で決着をつけてやると意気込んでいた矢先、「恋人と歩くシヨリを見た」と妹から報告を受けた時の衝撃は計り知れない。嘘であってくれと待ち合わせた教室で見たシヨリの姿に、彼は。



ーーー
20150406


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