エイプリルフール事件からすこし経つけれども、先輩が怖くて声を掛けられただけで心臓が痛くなってしまう。笑顔を浮かべられても胡散臭くしか感じれない、とまあそんなこんなで先輩を避ける日々が続いている。避ける、というか距離を置いていると言ったほうが正しいのかもしれない。先輩はとっくに気付いているだろうし、どうして距離を置いているのかも分かっているはずだ。
 そうじゃないと、パイプ椅子と一緒に手首を手錠で繋げるなんてことしないと思う。外そうと試みても上手くいかなくて手首を痛めるだけだった。さすが、おもちゃの手錠でも性能はいいらしい。諦めて先輩に目を移せば一部始終を見ていたのか、あ、もういい? と言わんばかりに爽やかな笑みを浮かべていて背筋がぞわりとした。やべえ、先輩やべえよ。

「名前」
「は、はい」
「最近、おかしゅうない?」
「や、おかしくないっすけど……」
「けど?」
「すんません。おかしいです」
「やなあ。……俺、ちょっと、寂しいんやけど」

 照れくさそうに頬を掻きながら言う先輩に胸打たれる。先輩がかわいい。なんだこれギャップ萌とかいうやつか。いや、騙されてはいけない。だったら先輩はどうして手錠を持ち出したんだろう。あ、そうか。逃げ出さないようにするためか。なるほど、今まで避けてきたんだから強行手段に移ったわけか。

「いやあ、俺、実は話し合いで済ませたかったんやけどなあ……まあ、しゃあないな」

 ――え、ちょっ。ちょっと待って。意味が分からないんですけど。
 顔が引き攣る。先輩は笑みを浮かべながら席を立ってこちらへ近付いてくる。

「ほな、ちょいと素直になろか、名前」

 伸ばされた腕に絶望しか感じなかった。



「名前」
「……」
「すまん、俺が悪かった」
「……」
「堪忍や、この通り! こちょこちょがあんなに効くとは思ってなかったんや。すまんかった」
「……今回だけですよ」
「ん、今回っきりや。――ところで、なんと勘違いしとったん?」

 首を傾げながら尋ねてきたそれに堪らず右ストレートをお見舞いしてやった。恥ずかしくて言えるか、ばか。


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