こんなに早く起きられたのはいつぶりだろうか。いつもなら起床時間のぎりぎりまで寝ていたはずなのだが。 段に腰を落としてまだ暗い空を見ながらどう暇を潰そうか考えていると人の足音が聞こえた。「あれ、名前?」この声はマルコだ。驚きを含んだそれについ笑みが零れてしまう。後ろを向けばきょとんとした顔があった。
「おはよう、マルコ」 「うん、おはよう名前。珍しいね、今日はどうしたんだい?」 「む。私だってたまには早起きぐらいするさ」 「ふふ、いつも僕から起こされるくせに、よく言うよ」
口元に手を当てて笑うマルコにぐうの音も出ない。黙った私にマルコは笑みを保ったままだ。彼は昔に比べてほんのすこし意地が悪くなったと思う。「あ、名前。隣いいかな」遠慮がちにマルコが言った。そんなこと、聞かなくとも分かっているだろうに。私がきみを拒否するはずがないじゃないか。 言いかけた言葉を飲み込んで頷くとマルコが微笑んで私の隣に座った。
「こうやって二人で話すのは久しぶりだ」 「そうだな。いつもはジャンが居るからな」 「ライナーもだろ?」 「ん、――ん? そうか?」 「ああ。いつも名前の周りには人がたくさんだ」
意味ありげな言葉に彼の横顔を見た。僅かに唇が尖っている。なぜ拗ねているのかは分からないが、ここで尋ねるのは野暮だろう。「……憲兵団にはしないのか?」行動を共にしているのはきみとジャンだ、と言おうとしたところでマルコが口火を切った。突然のことに一瞬面を食らってしまう。
「名前の考えは、変わらないのか?」
ようやくマルコが私の方へ向いた。真っ黒な瞳は真摯に訴えかけている。思わず、揺らぎそうになるそれから逸らした。 とうの昔に決意したことだというのに何を迷うことがある。私は、調査兵団に入団しなければならないんだ。
「一応、考えてみるよ」 「――本当に?」 「きみに嘘を吐いたことが?」 「ふふ……そうだね」
安心するように吐息を零した彼が私の頭に手を乗せる。予想もしていなかった行動に両肩が飛び跳ねた。思わず凝視してもマルコは笑みを湛えるばかり。
「ど、――どうしたんだ。今日のきみはすこし、いや、ものすごく変だ」 「そうかい?」 「そうだ」 「はは。僕にもよくわからないや」
髪の毛を撫でる指先がくすぐったく感じる。なんだか急に気恥ずかしくなってやめてくれと言いたいところだったが、彼がやけにうれしそうに瞳を綻ばせているものだから、しばらくはこのまま好きにさせておこうと思う。 いや――だめだ、やっぱり言ってしまおう。こんな緩んだ表情を、彼に見せたくはない。
◎おまけ
「おい、名前」 「ん?」 「おまえ、今日やけに機嫌がいいな。なにかあったのか?」 「いや……なんでもない」
そうやって否定するくせに唇が緩んでいる。いつもよりやさしい眼差しが向けられるのはいただけねえ。「心配いらないさ、ジャン」ああほら、声だって違う。こいつは男だっつうのに、なぜ俺の胸はこうにもくすぐられるんだ。
「名前、ちょっといいか」 「ライナー! ああ、もちろん構わないさ。ジャン、また後で」
むず痒くてなにを言おうか迷っている間に、嬉々そうに声を弾ませた名前はライナーのところへ行ってしまった。ぽつんと残された俺の隣に用事を済ませたマルコがやってくる。「あれ、名前は?」きょろきょろと辺りを見渡すマルコについ当たりそうになるのを堪えて、顎で示してやるとマルコが納得気な声をひとつ。
「ライナーのところへ行ったのか」 「……」 「ふふ、取られて嫉妬してる?」 「はあ!?」
なにを言い出すんだおまえは。なんで俺があいつに嫉妬しなきゃなんねえんだ。俺が嫉妬するのはミカサ関連だけだっつの。 ぶつけたいそれは思うように紡げなかった。マルコは柔和な笑みを浮かべたまま、二人を眺めている。
「……おまえもだろ」
言われっぱなしなのも何だからそう言うとマルコは「そうだね」と表情を変えずに同意するもんだからびっくりした。てっきり、そんなことないよなんて返答が返ってくると思っていたんだが。「はは、冗談だよ」凝視する俺の視線に気付いたのかマルコが苦笑しながら言う。 冗談じゃねえくせに。だったらその握り締められている拳はなんだっていうんだ。
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