空条が学校を休んだことを知ったのは朝の出席確認からだった。確かに、俺が教室に入る頃には席に座っているか、屋上か裏庭で煙草を吸っているか、典明と駄弁っているか、そこらへんをうろついているか――数を上げればキリはないがとりあえず空条が学校を休むなんてことはなかった。典明に視線を送っても、あっちも初耳だったのか目を丸くしてから首を横に振られた。
 担任の話によると空条は入院しているらしい。理由は定かではない。口元が引きつっていたのを見る限りおそらく喧嘩かなにかだろう。あいつが交通事故に遭うわけがないし、まあそうだろうなとは思っていたが。「先生、どこの病院なんですか?」ホームルームが終わったあと、クラスにいる空条に想いを寄せた一部の女子たちが病院場所を尋ねていた。
 空条にお見舞いか。なるほど、うらやましいやつだよ本当。俺が入院してもぜってえ来ねえくせに。おそらくお見舞いに来るのは典明ぐらいだ。
 心の中で文句を吐き散らしながら典明の席へ足を進める。典明は次の授業の準備をし終えたあと、俺を見た。

「いや、まさか彼が入院するなんて思わなかったよ」
「あんなやつの話題を出すな」
「またそんなことを」
「どうせ喧嘩だろう?」
「それは本人に聞かなきゃ分からないじゃあないか」

 賛同したくはないが典明の言う通りだ。俺は空条が嫌いだから決めつけているだけで、あんなやつにも事情はあるのだろう。しかし、やはり拒んでしまうのは仕方がないんじゃないだろうか。「ああ、そうだ」典明が声を明るくさせ、口元を緩ませる。

「僕たちもお見舞いに行こう」

△▼

 嫌っている相手に果物をやるなんて俺もどうかしてるな。
 片手にスマホを持って歩く典明の背を追いながらつくづくそう思う。女子から空条の入院先の情報を入手するなんて中々やる。俺が聞いたとき渋ったくせに典明にはころっと教えやがって。俺だって本来ならお見舞いになんざ行かずに家でごろごろして今頃はテレビを見ながら飯を食っていたはずなのに。宿題もまだ終わってねえし――。「ここみたいだね」聞こえてきた声と共に視界の隅に大きな病院が映った。帰りたくてたまらない俺の心情を踏み潰すが如く典明はさっさと中へ入っていく。
 受付のナースさんに空条の居る部屋を尋ねる典明を眺めながらソファに座ってぼうっとしていると、典明が帰ってきた。「名前、行こうか」一瞥してから俺を置いて階段の方へ進んでいく。右手に持っているかごがやけに重たく感じた。
 俺がちんたら歩いている間に典明は十階辺りで姿を消していた。わざわざ階段を選んだ典明は恨めしくて、それでいて怠くこのまま帰りたい思いがあったが、明日怒られるのは勘弁願いたくてどうにか踏み止まる。
 すっかり重たくなった両足を動かして空条という名前の札を探せば、案外すぐに見つかった。近づくとすこしだけ高めの声が漏れていた。おそらくクラスの女子か、空条に好意がある女子だろう。入室するのは気が乗らない。
 女子が帰ったあとにかごだけ置いて帰るか。
 そう決めたとき、目の前の引き戸が開くのが見えた。

「あ、苗字くん」

 何名かの女子が典明と共に出てくる。俺の右手にあるかごに視線をやり、「空条くんのお見舞い?」と不思議そうに聞かれて今すぐ帰りたくなった。

「へー、苗字意外」
「だよねえ。苗字くんってジョジョのこと嫌いなイメージがあったんだけど」
「今からうちら花京院くんと帰るから。ばいばい、また明日ねー」

 女子三人が口々に俺にぶつけた。俺はそういうふうに見られていたのか。典明はというと苦笑していた。ごめんと表情が語っていて、気にすんなとの意味合いで手を払って空条がいる病室へ足を踏み入れた。
 俯きがちだった顔を上げると空条は椅子に座っていた。端正な横顔は明らかに苛立っている様子だった。内心しまったと焦っていると僅かに目を見張った空条と視線が絡む。即刻逸らして、とりあえず辺りを見渡せばどうやら個室のようだった。ドラマや実際よく見かける病室とは程遠く高級感が溢れ出ている。くそ、なんだよ金持ちかよちくしょう。通りで札がひとつしかなかったわけだ。「苗字」テーブルにかごを置いたとき名前を呼ばれた。
 顔を空条の方へ向けて初めて、空条が首元に包帯を巻いていることに気付いた。なぜか頭がつきりと痛んだ。

「……首は、大丈夫なのか」

 心配する気はさらさらなかったのだが、どうしてかその言葉を口にしていた。「ああ、問題はない」俺が入室する前に眉間に寄せていた皺はなくなっていた。「まあ座れ」空条は目の前の椅子を指差す。命令口調なそれは、やつには似合わない穏やかでやさしい声音だった。
 頭痛がする。針に刺されたような痛みが脈の如く続いている。目がちかちかする。脳裏にあの場面が蘇ってくる。目の前にいるやつより大人びた男と共に海へ沈んでいくあの光景。
 なんだ、これは。いままで夢にでも現れなかったそれがなぜいまになって出てくるんだ。この言いようのない込み上がる感情は一体なんだ。おれは空条が嫌いで仕方がないのに。
 おれは。

「――苗字?」

 空条の声ではっと我に返った。「なにかあったのか」翡翠の瞳がおれを捉えている。ああ、知ってる。おれは確かに知っているよ、きみの瞳を。でも俺は望んじゃいないんだ。望んでなんかねえんだ。
 まっすぐな眼差しから逃れて病室から足早に出て行く。空条は――承太郎くんは待て、だとか、おい、だとか、なにも言ってはこなかった。ただあのとき一瞬だけ、哀しそうに瞳を歪ませただけだった。


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