中学校へ進学した兵長――彼からは呼び捨てにしろと言われているが、恐ろしくて到底出来ない――は、わたしが地方の大学へ行くことを頑なに拒んだ。 どこにも行くな俺の傍から離れたら俺は死んでやる。 泣きながら訴える元上司にわたしは唖然とし、死んでもらっては困ると地元の大学に進んだ。 そんな兵長だが、彼を彼氏と呼んでいいか悩む。兵長はいま中学三年生で十五歳。わたしは大学二年で二十歳。五つも年が離れている。どうするべきか、友人もといハンジに相談したところ、彼は失礼にも爆笑していた。
「でもさあ、年の差ってそのくらいでしょ。いまはそりゃアウトかもしれないけどさ、二十五と二十なら話は別だろ?」
妙に説得力のある言葉に、わたしは納得してしまった。要するに彼が若いのがいけないのだ。ハンジの言う通り、わたしが社会人で彼が大学生になったときに、やっと彼氏と呼べる存在になるんじゃないだろうか。あと、身長は少し伸びていてほしい気持ちはある。
「それじゃ、そろそろ講義が始まるから行くよ」 「うん、頑張って。ありがとう」 「こちらこそ」
リュックを背負った彼の姿を見送って、携帯を開く。時刻は昼時。兵長との待ち合わせ時間はまだまだ長い。中学生って大変だなあ。四限まで授業を取っておけばよかったと後悔しつつ、時間まで課題に取り組むことにした。 身なりをきちんと整えた兵長は、少しだけ照れくさそうな様子で、ファミリーレストランへと足を踏み入る。完全に姿が見えたときに手を振ると、気付いた兵長は店員さんに何かを言いつつ会釈をして、こちらへやってきた。
「すまん。遅くなった」 「ううん、気にしないで」 「あと……ファミリーレストランで悪い」 「気にしないでってば。おいしいじゃない」
期間限定のメニューを渡せば、兵長は曖昧に笑って受け取ってくれた。頬が赤い。額には少しだけ汗をかいており、急いでここへ来たことが分かる。自分のコップを渡そうとしたとき、店員さんがちょうどよくお水を持ってきてくれた。会釈をして、メニュー表へ意識を向けた。
「なににする?」 「ハンバーグの大盛りセット」 「ふふ」 「笑うな。名前は?」 「んー、パスタのセットかなあ」 「分かった」
兵長がボタンを押す。お礼を言ってから、数十秒後に店員さんがやってきた。注文の料理ぐらい自分で言おうとしたのに、兵長が全部言ってくれてなんだか微笑ましく感じる。大人だった兵長もいいけれど、頑張ろうとする年下の兵長もいいかもしれない。なんだろう、ギャップ萌というやつだろうか。「なに笑ってんだ」む、と顔を顰める兵長は、あのときと変わらない。
「ね、ねえ、怒らないでよ」
食べ終わって、兵長がお手洗いに行っている隙に会計を済ませたわたしに、彼は大変ご立腹らしい。顔を合わせようと覗き込んでも、彼は背けるばかりで許してくれそうにない。帰り道への足取りが重くなる。まさか、こんな喧嘩に発展するなんて思わなかった。「俺だって」長い間沈黙を保っていた兵長が口を開く。
「俺だって、あの額は払える」 「で、でも、中学生に払わせるわけには、」 「っ俺はおまえの彼氏だろうが!」
人目も気にせず叫んだ兵長に目が丸くなる。どうしたどうしたと集中する視線に、思わず彼の手を掴んで、近くにあった公園へ移動した。夜だけであって人気はない。 ベンチに座らせると、先ほどまで息を荒くしていた彼は落ち着いたのか、「悪かった」と小さく謝る。
「ううん。大丈夫」 「……情けねえ」 「そんなことない」 「男なのに、好きな女に奢ってもらう羽目になって、なさけねえだろうが……」
感情が高ぶっているのか、兵長の声音がどんどん震えていく。ぎょっとして、慌てて思いつくだけのフォローをたくさんぶつけると、彼は泣きとどまった。「兵長」赤い瞳がわたしを見つめる。
「今度は、奢ってください」 「……なんで敬語なんだよ」 「あ、え、ご、ごめん」 「気にしてねえ。それと、おれは兵長じゃねえ。いい加減リヴァイってよべ」 「わ、わかった」 「……今度はおれが払う」 「うん。ありがとう」
謝罪の代わりにもう一度手を繋ぐと、彼の肩が小さく飛び跳ねる。徐々に赤くなっていく耳に、笑いが溢れた。力強く握られた手のひらは、彼が小学生だったときよりも大きく、男らしい手になっていた。
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