今日はいつもより早く帰れそうだ。
 予定があるから、と早めに切り上げる教授に、胸中で感謝の言葉を述べながらリュックの中に荷物を詰めていく。時計を確認すると昼寝には最適な時間。今から寝ても夕食を食べる頃合に起きれるぐらいだ。
 小さなざわめきがあっという間に部屋を埋め尽くす。別れの言葉を言い合いながら部屋を退出する顔見知り程度の友人――そう呼んでいいか分からないが――を一瞥しつつ、リュックを背負う。ふと、窓の外に目をやると、まだ午前だというのに薄暗かった。大学へ来るまでは洗濯物を干すには最適な日和だったのだが。瞳を細めて様子を窺うとうっすらと水滴が映った。なるほど、雨が降っているらしい。

「苗字」

 ひっそりした低い声が後ろから聞こえた。振り向くと大学で知り合った友人、新開が折りたたみ傘を片手にわたしを見下ろしていた。スタイルのいい身体に、一時はメンズモデルだと勘違いしていた覚えがある。
 彼の容姿は有名な俳優より顔立ちがよく、新開にどうにかして近づこうと経由目的でわたしに話しかけてくる女子がちらほら。まあ、確かにいまのわたしでも新開に惚れる自信はある。背は高いし、ふっくらとした唇が魅惑的だ。

「傘はあるのか?」
「ない。朝がああだから、まさか降るとは思ってなかった」
「入るか?」
「いや、購買で傘買う」
「金の無駄だろ」
「ばか、あんたのその傘で二人も入るわけないじゃん」

 新開は折りたたみ傘を見て、それから、「それもそうだな」と頷く。天然なのかそうでないかの判断がつきにくい。
 喋っている間にも雨は一層激しく降り始めていた。部屋にまで聞こえてくる雨音に内心焦る。一部の女子らがわたしたちの方をちらちらと盗み見していたが、あえて無視を決め込んで新開と一緒に部屋を出る。急ぎ足で階段を下りて外へ出ると、独特の湿っぽい匂いが鼻腔をくすぐった。容赦のない土砂降りに折りたたみ傘で凌げるか心配になる。

「新開、あんたの折りたたみ、折れるんじゃない?」
「折れないだろ。たぶん」

 地面を叩きつける雨粒を眺めていると、うっすらと影が出来た。不思議に思って目を上に動かせば、頭上に黒い傘があった。新開は微笑み、「行こう」と歩き出したものだから、慌てて自分も倣うようにして足を一歩踏み出した。
 結果的に全身びしょ濡れ。折りたたみ傘は無事で済まされなくなり、二人一緒に新しい傘を買う羽目になってしまった。

「お揃いだな」

 頬に垂れてきた雫を拭いながら、新開は口元を緩ませる。どう反応を返していいかが分からず、とりあえず、「そうだね」とビニール傘を広げた。
 家に帰ったときにはその傘も折れてしまったが、また明日と手を振ってくれた彼も、雨に濡れていた。


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