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ねえ、ダーリン

「ただいま」


返事はない。そこそこ大きなソファでわざわざ丸まって寝ている国民的スーパーモデル様は、どうやら酷くお疲れのようだ。目の前にしゃがんでそっと覗き込んだ先で頬に落とされた睫毛の影。すっと通った鼻筋と、少し薄い唇。きらきらと蛍光灯を反射するほっそい髪に指をくぐらせればそれはさらさらと零れ落ちてゆく。


「…きーせ、」


ちう、と何とも子どもっぽいキスをひとつ。そこでやっとゆるゆると開かれた瞳は今にも溶けてしまいそうだった。綺麗だった瞳は少し赤みを帯びている。眠れていないのだろうか、はたまたオレの知らないところで泣いているのだろうか。
忙しいのはいつだってこいつなのに、なんでかよくオレのことを待っている。勝手に不安になって勝手に泣いて、そして勝手ににこにこしている黄瀬が、いつか全部オレのものになってしまえばいいのに。


「おかえり、高尾くん」

「ただいま。んなとこで寝るなよ、最早アイドル並みの人気を誇るキセリョータがうたた寝で風邪ひきましたーなんてシャレになんねーだろ」

「大丈夫っスよー…そんな柔じゃねーし」


滑らせた手が触れた頬は、少しばかり肉が薄くなっているように感じる。まとわりつくようにまわされた腕も細くなった、ような。いや、日頃から鍛えているから然程変わっているわけではないけれど。やつれたんじゃねーの、なんて言っても笑って流されるから言わない。


「飯は?」

「んー、これから。高尾くんは?食ってきたの?」

「軽くな。だからなんか食うー」


帰ってきてバタンキューかよ、こりゃ相当だな。って、人が適当に作ってやろうと立ったところでまわされていた腕に力がこもる。動けないわけじゃない、振りほどけないわけでもない。けど、わざわざそんなことをする理由もない。なんだよーと笑えば黄瀬の瞳はやっぱり眠気に溶けてしまいそうだった。


「一人寂しく待ってたんスよ、ご褒美くらいほしい」

「あーはいはい」


こういうところは昔っから変わらない。成長しねーな、本当に。重なった唇に嬉しそうに瞳を細める黄瀬に今度こそ飯作ると声をかければその綺麗な瞳は瞼の奥へと溶けていく。無理して起きてなくても、飯食って風呂入って、そしたらいくらでも甘やかしてやんのに。


オレのダーリンはどうやら相当な寂しがり屋らしい。




「ん、いいにおい」

「おー起きた?さっさと飯食って風呂入って、イイコトしよーな、ダーリン?」

「イっ…!?」


ガキみたく耳まで真っ赤にして慌てふためく黄瀬に、暫くはこの顔で飯が食えそうだなと思ったのは内緒にしておこう。



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