あの冬彼女がみた 「バスケ?」 「うん。集まれる奴だけ集まってバスケやろーって」 それは穏やかな昼下がり、ではなくもう寝ようという時に届いたメールだった。送信元は珍しくも青峰っちで、恐らくこの間久しぶりに再会したのがきっかけなのだろう。企画力なんてまるで皆無な青峰っち発案のちょっとした同窓会。ちゃんと集まるのか心配だけど、幸か不幸かオレは珍しくその日はオフで。 彼女と買い物にでもーなんて思っていたから聞いてみようと思ったのに、バスケの一言で彼女の目がきらきらと輝きだしたことに気付いてしまった。昔からオレの話はとてもにこやかに聞いてくれる彼女だけど、バスケの話になるとひときわ嬉しそうになるのはやっぱり変わってなくてなんだか不思議な感じだ。 彼女の中にどんな想いがあるかは残念ながらオレにはちっともわからなくて、それが歯痒くもあるのだけど……でも、オレが好きなものを、彼女も好きだと思っているならそれだけで嬉しいからいいかなって結論に辿り着いたのは何年か前の話。 「あー……なんなら、一緒に来る?」 正直、青峰っちにはあんまり彼女を会わせたくない。何を言われるかわかったもんじゃないし……だけど、最近は彼女も少しずつ一緒に出掛けるようになってるし、案外知り合いに会わないこの街というのが彼女にとってはとてもプラスだったんじゃないかと勝手に納得している。そんな現状で誘わないわけにもいかないし、確か彼女はオレがバスケをしているところを実際に見たことはなかったはずで……少しだけ、見せたい気持ちもあったりして。 「わたしがついて行ってもいいの?」 「うん、どーせいつものメンバーっスから」 「先輩たち?それとも、えっと……くろこっち?って人たち?」 記憶をたどるように彼女の口からでた黒子っちの名前に思わず笑えば、違ったっけ?なんて眉間に皺を寄せてしまった彼女に慌てて合ってると伝える。初対面の人間がいる、というのは少し不安だけどそれでも彼女の中では行きたい気持ちが強いのだろう。眠気が押し寄せて今にも閉じてしまいそうだった瞳が一変、すっかり目が覚めてしまったみたいだ。 「行ってみたい」 「うん、じゃあ一緒に行こう」 そんな会話から数日。約束の時間より少し早く待ち合わせの場所に着いたオレたちを待っていたのは、彼女があの夜名前を口にした黒子っちだった。相変わらずよく見失うけど、屋外コートに一人でいればオレでもちゃんと見つけられる。オレの瞳の成長なのか、黒子っちの存在感の成長なのかはわからないけど。 「黒子っちー!!」 「お久しぶりですね、黄瀬くん」 久しぶりの再会に思わず手を振れば相変わらず恐ろしく冷静な声が返ってくる。そして黒子っちの目線は彼女へ。その目線に気付いた彼女がそろりとオレの背中から抜け出して、あろうことか 「初めまして。えっと……くろこっち、さん?」 可愛く首を傾げてそんなことを言うもんだからオレは得体の知れない焦燥感でいっぱいになる。 「はい、くろこっちです。初めまして、名前さん。黄瀬くんからは鬱陶しいくらいによく話を聞いてます」 よろしくお願いしますね、とさりげなく差し出した黒子っちの手を慌てて叩き落とせば黒子っちからはとても不満そうな目線。でも、でも!屈しないっス!お兄さんそれは許せない!! 「くろこっち、ってなんスか!?だめ!そんなのだめっス!!大体黒子っちもなにくろこっちです、とかしれっと挨拶してるんスかあ!!」 「えっ、ご、ごめん?」 「黄瀬くん、意味がわかりません。何がだめなんですか?人の事散々黒子っち黒子っちってうざいくらい追い回してきたのはキミでしょう」 「だめなものはだめっス!」 「黄瀬くんのことは放っておいて、今日は一日楽しめるといいですね」 そう言って黒子っちが笑って、オレが更に声を荒げようとした時ふっと視界に大きな影が入り込んできて思わず言葉を飲み込んだ。 「あれ、峰ちんはまだなんだー?」 黒子っちの頭に左手を乗せて、相変わらず右手にはお菓子を持ちながら現れたのは紫っち。黒子っちにぱしりと手を叩かれても気にした様子はなく、やっぱりそのでかい身体で興味津々に彼女を見下ろす。事前に話はしていたはずなんスけど……まあ、半分くらいは覚えてないっスよね。なんてったって相手は紫っちだし……。 「……黄瀬ちん、いくらなんでも子どもに手を出しちゃ」 「手なんか出してないっスよ!!!」 やっぱりな!!どいつもこいつもなんでそんなにオレを犯罪者にしたがるかな!余計なことを言われちゃ困ると必死で会話を繋いでいれば、火神っちも加わって、とてもまともに彼女と挨拶を交わす彼にオレは初めて救われたような気がする。というか、火神っちが一番まともに見えるってどんなんだよ。これだって相当なバケモノじゃないスか……! 「で、青峰はまだ来てねえのか?主催者はあいつだろ」 立ち話が一段落した頃、不意に火神っちのそんな言葉でそういえばまだ来てないなと思い出す。言い出しっぺが遅刻なんて、と言いたくもなるが何せ相手はあの青峰っちだ。恐らくなんの悪びれもなく…… 「おー、みんな揃ってんのか。わりーわりー」 「もう!だから早く準備してって言ったのに!!」 ほら、きた。桃っちに腕を引っ張られながら気怠そうに歩いてきた青峰っちは適当な挨拶とともに欠伸をひとつ。これはまたギリギリまで寝こけてやがったな。黒子っちに会えて嬉しそうな桃っちを尻目に青峰っちのその怠そうな瞳はオレの背中にいる彼女を映す。 「お前が黄瀬のコレか」 「コレじゃないっス!!」 「やっぱおめーロリコンなんじゃねえか」 「違うっつってんでしょーが!!!」 何故だろうか。まだ久しぶりの挨拶を交わしただけで、バスケなんてしてないというのに疲労感が尋常じゃない。もうやだ、かえりたい……。赤司っちと緑間っちが居ればまだもう少し落ち着くんだろうけど生憎仕事の予定が合わなくて二人は来ていない。ツッコミ役もブレーキ役も不在って……ほんの少し彼女を心配してそっと見れば、疲れきっているオレを見ておかしそうに笑っていた。楽しい、のかな。 その後とりあえず五人じゃ半端だからってコートに入るのは四人。桃っちが審判をやって、余った一人は彼女と一緒にベンチにいるという形をとってやっとボールに触れる。黒子っちと並んで座る彼女は時々会話をしながらコートを見ていて、何を話しているのか気になりながらも久しぶりに踏み入れたコートに思わず口元が緩む。 そこからはもう無心で、ただただボールを追いかけまわしていた。すぐに身体はあの頃の感覚を取り戻すし、相変わらずバスケ馬鹿二人はいい動きをする。必死で食らいついて、投げて、走って、まるで生きているように踊るボールと息づかいまでも把握できてしまうほどに分かり合っている相手と過ごす時間は流れ落ちる汗が気にならないくらいに楽しくて仕方がない。 「っはー、あっちい」 「オレちょっときゅーけーい」 そんな火神っちと紫っちの言葉で、やっと一呼吸。だけど、コートに残されたのはあの青峰っちとオレなわけで。そりゃあ…… 「久しぶりに、1on1!しないスか?」 「あ?どうせお前が負けんだろ?」 「数年越しに初勝利を掲げてやるっス!」 「ったく、しょうがねーな……手加減しねえぞ」 「トーゼン!」 この人とやりあうしかないっしょ。オレがあの日、この人のプレイを初めて見た日。それが全ての始まりだった。辛くなかったわけじゃない。だけど、それ以上に楽しい日々だった。見るもの全てが新鮮で、キラキラと輝いていて、まるでオレが今まで生きてきた世界は白と黒だけで出来ていたんじゃないかと思う程に色鮮やかで。ずっとこの人を追いかけてきた。追い抜こうとさえした。それでも……オレは最後まで、越えられなかった。オレが心の底から憧れて、越えてやりたいと思ったその人は今も尚オレよりずっとずっと前を走っている。無茶苦茶なプレイスタイルは今も健在で、動きのひとつひとつがまるで流れる水のようにボールを運び当たり前のようにゴールへ落ちる。本当に、凄い男だ。 「……くっそー」 結局、オレは一回も勝てないまま体力が底を尽きてコートにしゃがみ込む。悔しい。悔しいけど、やっぱり変わらない青峰っちの姿に安心してしまう自分がいる。憧れは捨てたはずだったのに、どうしても負けてほしくないと思ってしまうのだ。だから勝てないのかもしれないけど、今はもうそれでいい。がむしゃらに食らいついて、跳ね返されて、そんな時間が生み出すのは悔しさだけじゃないから。悔しい気持ちがちっぽけに思えてしまう程に楽しい。ぽたぽたとコートに吸い込まれていく汗さえも気持ち良くて、清々しい気持ちでいっぱいになっていたオレは多分ものすごく甘かった。相手が青峰っちだというのに、どうにもオレはこの人のことになると感傷的になってしまう節がある。この人相手に真面目になることより無駄なものはないって、痛い程わかっているはずなのに。 「ロリコン野郎に負けてやる趣味はねえんだよ」 オレよりいくらか早く呼吸を整えてニヤニヤしながら落とされたその言葉に、ばっと顔をあげる。ほら、言わんこっちゃない! 「だから!ロリコンじゃ!ないっス!!」 「あ?なんだ、耳の調子が悪ぃみてーだな」 「おいいいい」 息も絶え絶えに叫べばむかつく表情でこちらを見下ろして、その笑みを深めるばかり。オレの疲労は蓄積されるばかり。 「やっと終わったか?青峰ーオレともやろーぜ!!」 そんな火神っちの言葉と同時に青峰っちに足でコートから追い出されて、ぶつくさ文句を言いながらも彼女の居るベンチに腰を下ろす。そんなに長い時間没頭していたわけじゃないはずだけど、なんだか彼女の目を見るのがすごく久しぶりのような気がした。彼女を挟んで座る黒子っちがすかさず彼女にドリンクボトルとタオルを渡せば、バケツリレーのように彼女がオレにそれを差し出してくれる。その顔が、なんだか…… 「……楽しそうっスね」 「うん」 とても満足げに頷いた彼女の髪をわしわしと撫でてやれば今日一番の笑顔。せっかく休憩できるというのに彼女はすっかり黒子っちと仲良くお喋り。黒子っちの向こう側にいる紫っちまで、時々ちょっかいをかけてはお菓子を差し出している。知らない人から食べ物をもらっちゃいけません!って言いたい所だけど彼女の楽しそうな声に黙るしかない。 結局、タオルを手渡してくれたのを最後に彼女は全然こっちを見なくなってしまった。オレが隣にいるのに。オレが、隣に、いるのに!お兄さん寂しいんスけど!!というオレの想いも知らずににこにこと何やら楽しそうに会話を続ける二人の声をぼんやりと聞き流しながら火神っちと青峰っちのなんかもうすごいんだかなんなんだか分からない駆け引きを眺めるオレは決して拗ねているわけではない。黄瀬涼太、大人になるっス。 その後も日が傾くまで続いた同窓会と言う名のゆるいストバスは、青峰っちの「じゃあ、オレ帰るわ」というあまりにも身勝手な一言で終了となった。 |