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お巡りサンに見つかりました。

「おー、黄瀬ェ」

「えっ」


何の運命の悪戯か、仕事帰りに寄ったカフェの前でばったり出くわしたのは人間の一人や二人殺してそうな目つきの悪さが相変わらずの青峰っちである。
この後予定があるわけでもなかったし、彼も彼で暇だったようでちょっと付き合え、と出てきたばかりのカフェへ逆戻り。男二人で入るような店じゃないと思うんスけど……居心地良くないなあ。

店の隅にそこそこでかい男が二人、向き合って珈琲を啜るっていうのもなかなかシュールな絵面だと思う。何を思って引き止めたのかは分からないが、まあ近況報告会を開くのもそれはそれで悪くないかもしれない。人を殺していそうとは言ても、彼は今真逆の立場にいる。


「最近どーなんスか、お巡りサンは」

「お巡りサン言うんじゃねーよ」


その運動神経と、無駄に良い野生の勘を生かしてか今はすっかり警官も板についていると聞いた。具体的な仕事内容を聞くことはないが、交番勤務は終えたらしいからそれなりに優秀なのだろう。あんなに型破りだったのになあ。
桃っちは元気?と聞けば気怠そうな返事が返ってくるから関係は相変わらずみたいだ。この二人は付かず離れずと言うべきか、黒子っち一直線な彼女とそれに振り回されている青峰っちはオレに言わせれば至極お似合いなのだけど、本人たちにその気は無いらしい。でもたぶん、そのうちなんだかんだでくっつきそうな気もしているのだ。これはオレの勘だから、あてになるかはイマイチだけど。


そんな何でも無い話をいくつか重ねて、ふと話題はオレへと移る。この間テレビでやってたぞ、と言われれば増えてきた仕事の量を改めて実感するというものだ。そこまでテレビに出ているわけではないけれど、モデルという仕事をやっていればまあそれなりに引き合いに出されることもあれば、話題にされることもある。知らないところで放送されてることもある(マネージャーが言い忘れてるだけってときもあるけど、まあそんな小さなことはそこまで気にしない)。


「なんつーか、大変だよなあお前もそれなりに」

「どうなんスかねー。割と毎日楽しいし、まあ、あの頃みたいに真っ直ぐ一生懸命に、ってわけにはいかないけど」

「一人暮らし始めたんだろ、テツから聞いた」

「一人暮らしっていうか……正確には二人暮らし」

「なんだ黄瀬いつの間にお前」


分かりやすく前のめりになった青峰っちに、そういうんじゃないと慌てて訂正をいれる。幼馴染みの話をしたことも何回かはあるはずだ。まあ、目の前の男がその話を覚えているかと聞かれればそれは恐らくノーだけれども。


「幼馴染みなんス。つっても歳下だけど。なんつーか、ええっと…通学するのに、便利っていうか」


どこまで話せば伝わるのか、どこまでなら彼女が嫌がらないか、とか色々考えてたら結局うまいこと言えずに曖昧な答えになってしまい、余計に彼の興味を煽る。女か?って、話の流れで察するでしょ普通!


「女の子だけど、だから、あー……なんていうか、青峰っちが期待するような関係じゃないんスよ!高校に通うのに、実家よりずっと近いから、ルームシェアみたいなもんなんス」

「高校……ってお前、いくつのガキに手出してんだよ、ロリコンだったなんて聞いてねーぞ!」

「だあああもう!違うっつってんでしょ!っていうかロリコンてなんスか!」

「高校生つったらお前15、6だろ?充分ロリコンだろが、流石にダチだからって見逃してやれねえな……って、ああ、いやオレお前と友だちになった記憶はなかったわ」

「ひどっ!っつーか人の話聞け!」


相変わらず適当に遊ばれている気がしてならないが、ロリコンだと心配されているのはどうやらマジなようなのでそこだけは何としてでも弁解せねば。そうか、世間で言えばそりゃあ高校生の女の子と言えば15、16の子を想像するよな。だから問題になると言われりゃ腑に落ちないことばかりだけど。


「通信制に行ってるんスよ。今3年生。この春4年生に上がれば最後みたい、つってもオレも詳しくは聞いてないけど……だから言う程歳も離れてないからね!って、聞いてる!?」

「いやもうお前の女じゃない時点で興味ねーし」

「うわあ単純!!」

「大変そうなのは分かった。仕事以外でも苦労してんだな。同情してやるよ、ダチじゃねーけど」

「まだそこ引っ張るっスか!」


ぐい、と珈琲の入ったカップを煽る青峰っちにやっぱりオレは遊ばれている気がしてならない。というかこれは確信だ。絶対遊んでる。こんにゃろう。中学の頃から変わらないそのガキくさい部分は死ぬまでこの人の本質としてついていくものなのだろうか。……桃っち早く拾ってあげて。この人いつか絶対ひとりぼっちになると思うんス。


大して興味も薄れたらしい彼はまただらだらと話をしながら、適当に席を立った。自由だなあと追いかければこれから仕事だと言う。もしかしてオレは空き時間を潰す為にたまたま付き合わされていただけなんだろうか。どうしよう想像がつきすぎる。どうして気付かなかったんだ、オレ…!

まあ頑張れよ、そう言って片手をあげた青峰っちにそういや訂正しなきゃいけないことがあると慌てて声をかけた。これだけは、大事なんだ。


「んだよ」

「大変でも苦労でもないんスよ。同情される事なんかもっと、無い」

「は?」


別に迷惑なんて思ってないし、元々オレが連れて来ちゃったようなものなのだ。彼女のために、学校近いし、そんなの取ってつけたぺらっぺらな言い訳でしかない。聞こえ良く言ってみたけど実際は彼女と離れることに恐怖にも似た感情を持ち合わせたのはオレ自身。前を向いた彼女の手を後ろから引っ張ったのはオレで、だからたぶん、巻き込まれて苦労しているのは彼女の方だ。

それでも離してあげられないのは、やっぱりずっと可愛がっていた妹が巣立って行くのが寂しくて仕方が無いからとか、危なっかしくて目が離せないとか、そんな感情だと信じたい。彼女が家にいる。朝起きておはようって笑って、行ってらっしゃい、行ってきます。ただいま、お帰りなさい。そしておやすみ、そんな会話が彼女と出来ることにどれだけ救われているだろう。彼女がいるから頑張れる。こんな世界も悪くないなって思えるのも、やはり彼女の存在は大きい。家に帰るのが楽しみで仕方が無いくらいには……だから、青峰っちの言っていることはズレている。


「違うんスよ、オレが連れ出したんだ。多分、強引に。大変なのは向こうかな。だから青峰っちのあの発言は、筋違いもいーとこ」

「……黄瀬、お前マジなのか」

「マジ?なんの話?かわいいかわいい妹が居るんだって話でしかないっスよー」


ただ、彼女の名誉の為に。随分と深刻な顔つきになってしまったお巡りサンに笑って言い残して背を向ける。笑うしか無いだろう、マジってなんスか、マジって。マジも何もねーよ。だってもう、十年以上近くで見て来たんだから。その成長をこの先も見ていたいっていうのは兄心としては当然じゃないか。


少しずつ少しずつ、クリスマスへと色を変えていく街。


「……マジで危ねーんじゃねえの、あの馬鹿」


今年はケーキを一緒に食べてもいいかもしれないと北風に目を細めるオレは、青峰っちの心配なんて知るわけもなく寒空の下で家路を急ぐ。



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