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あの冬の夢にのばした手の行方


彼女の元を訪れるのにわざわざ事前に彼女へ連絡をしたのはもしかしたらその日が初めてかもしれない。電話越しに行ってもいい?と出来る限りいつも通りに問いかけたはずの声は自分でも笑えるくらい情けなくて、彼女が電話の向こうで首を傾げる気配がした。
おばちゃんには顔を合わせづらい、そんな空気もついでに察してくれたようで到着を知らせる前に窓から外を覗いている彼女と視線が絡む。窓から消えた彼女がそっと玄関の扉を開くまで約40秒。


「今ね、お母さん買い物行ってるから大丈夫だよ」

「うわあバレバレ……ありがと」


いつものように彼女の部屋へ入り、いつものように手渡されるクッション。隣に座った彼女に手渡されるミネラルウォーターはクッションと一緒にいつからか彼女の家にストックされるようになったものだ。本当に、入り浸りすぎて若干申し訳なさも感じるけれどそれだけ幼馴染みとして可愛がってもらえるのは嬉しくもある。

何も言わないオレに何も聞かない彼女。膝を立てて顎を乗せて、そっと肘で彼女の肘をつつく。そんなガキみたいなことしか出来ないオレを彼女は少しだけ小さく笑って、なーにと可愛い声を出す。すっかり気の抜けている彼女。もしかしたら、オレが言おうとしていることも全部知っているのかもしれない。


「……負けちゃった」

「そっか」

「あと少しだったんス」

「うん」


別に、彼女の顔が見れればそれで良かった。オレの言葉だけを信じて真っ直ぐに応援してくれていた彼女に結果だけは報告しなきゃいけないと思ったから、それでも別に顔を見て一言伝えるだけのはずだったのに。彼女の前だと虚勢も意地も通用しないのは何故だろう。


「最初で最後だった」


入った頃は馬鹿にしていた。別に勝てればそれで良かったし、そこまでこだわりもなかった。どうせキセキの世代なんて肩書きだけで群がって来る人間ばかりだと思っていたのに、この人たちは違ったのだ。
黒子っちに初めて負けて、死ぬ程悔しくて、だから死ぬ程練習して、そうやって積み重ねて来た日々がセンパイたちとの信頼に変わったのはいつだろう。海常のエース。そうやっていつでも背中を押してくれたセンパイ。好きに暴れればいい。任せろって、馬鹿みたいに頼もしいセンパイ。
たくさんたくさん怒られて怒鳴られて、蹴っ飛ばされて、だけどそれ以上に信頼してくれたセンパイたちが大好きだった。海常が大好きだった。

エースだろ、そうやって何度だって手を差し伸べてくれたセンパイたちのために、死んでも勝ちたかった。海常を勝たせたかった。今度こそ、誠凛にリベンジを果たすはずだったんだ。また来年、黒子っちにそうは言ったけど……またなんて無い。来年になったら、笠松センパイたちはもう居ない。今の海常じゃあ無くなる。センパイたちにとってはこれが本当に最後だったんだ。
あの夏オレの力不足で負けた。誰もオレを責めることはしなかった。ただ、全てあの頼もし過ぎる主将が背負っていたのをオレは知っている。オレに出来る恩返しがあればいいなんて柄にもなく思って、負けるなんて屈辱はもう御免だと思って、ひたすらに練習を重ねた結果がこのザマである。

勝つ事だけが全てではない。だからこそ皆が皆必死に、全力で勝つ為に努力をするこのチームが大好きでたまらなかったから、このチームを勝たせたかったのだ。エースとして、やるべきことをやる。その誓いさえ空回り、ろくに動かない足が鬱陶しい。


あと少し。本当に、あと少しだった。オレを信じて待っててくれて、必死に繋いでくれた。それなのにオレは結局何も出来なかった。悔しさに溺れて、最後まで貫き通したはずの意地でさえセンパイたちにはバレバレで。
いつかのように壊れてしまった涙腺に誰よりも努力を重ねて誰よりも強い想いを抱えて誰よりも悔しいはずの笠松センパイが、いつかのように呆れたように笑うから、オレはやっぱり頭が痛くなるほど大泣きして、他のセンパイはそんなオレに更に大笑いをして、散々からかって。終いにはオレの足の心配までするんだから本当にたまったもんじゃない。

どこまでも強くて頼もし過ぎるセンパイたちに、オレは尚更泣けて仕方が無いというのに。


「勝ちたかった。何が、何でも」

「うん」

「……悔しい、」


落ちたのは相変わらず情けないオレの声だけじゃない。立てた膝に埋めた顔から組んだ腕に落ちていく涙。どれだけ泣いても結果は変わらないなんてわかっている。みっともなく泣くぐらいならさっさと足を完治させるべきだということも、練習するべきだということも、わかっていても止まらないものは止まらない。だって本当に、次なんか無いんだ。もう二度とあの人たちとバスケが出来ない。楽しかった。中学の頃よりずっと、ずっと、本当に楽しくて仕方が無い毎日だったから。


「涼ちゃん」

「…はは、情けねー」


隣の彼女が少し身じろいで触れた肩。冗談まじりに、自嘲するように笑って少し下にある彼女の肩に体重をかければ膝の上で組んでいた腕に彼女が触れた。するりと指先に滑らされた彼女の手がオレの手を握って、変わらないトーンで言葉を紡ぐ。


「大好きなんだね、センパイたちのこと」

「……本当、計算外っス」

「計算なんて、出来ないくせに」

「ひでー言われようなんだけど」


ずるずると彼女に凭れて目を閉じる。噛み締めた悔しさも、言い表せない寂しさも、彼女の隣なら全てを明日へのエネルギーに変えられる気がした、あの冬。





「……そういえば、今日随分懐かしい夢みたんス」

「夢?」


一緒に暮らし始めて少し。身支度をしながらふと彼女を振り返る。


「久しぶりに、バスケがやりたくなるような夢」



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