ZZZ | ナノ




19.しゃがんで!

夏休みも終盤に差し掛かる頃。夜は少し涼しくなってきたなあと夜風に吹かれながら体育館の外で彼を待つ。学校へ用事があったわけではないのだけれど、毎日練習に励む彼との時間はこうして寮から学校まで迎えにこなければ作れない。彼はべつにこなくていいって言うけど……なんとなく顔を見たくなってついつい足を運んでしまうわたしのわがままに、なんだかんだ付き合ってくれている。


「またいるー」


ぽふっと軽く頭に乗せられた彼のエナメルバッグに首を折れば短くおまたせ、と落とされた言葉と同時に差し出されるチョコレート。彼の持つバッグも、彼の着る上着のポケットも、四次元に通じてるんじゃないかってくらいいつでもいくらでもお菓子が出てくるからびっくりする。こうして、まるでいい子に待ってたご褒美みたいに与えられるお菓子をわたしは嬉々として受け取るのももう随分と身体に馴染んだ、当たり前の日常。


「おつかれさま、敦くん」

「ん」


先輩たちにも挨拶をして、二人並んで寮までの道のりを歩く。途中でそっとわたしの手に触れた彼のおおきな手がそのままわたしの手を包み込んで、時折こちらを見ながら歩幅を合わせて歩いてくれる彼にこっそり俯いてにやけてしまうのもいつものこと。お付き合いを始めた頃、よく小走りで追いかけて息切れしていたのが懐かしいほどに彼のその優しさも当たり前になりつつある。


「最近夜は少し肌寒いくらいだね」

「あー、そうかも。帰り道でまた汗だくになんのやだし、ずっとこれぐらいでいいのに」

「寮につくまでが暑いもんね。でもきっと、今度はあっという間に寒くなるんだよ」


あっという間に秋がきて、冬がきて、春がくる。そのときもこうやって一緒にとなりを歩けていたらいいなあなんて少しだけ未来に意識を飛ばしていればふと彼が立ち止まる。ゆらりとわたしを振り返り見下ろした彼と視線を絡めれば、いつもの表情のまま


「冬休みは迎えにきちゃだめだよー、名前ちん」

「えっ!」


わたしの考える事を見透かしているみたいに、いやきっとこれは偶然なのだろうけれど……それでも一緒に居られたらいいね、ではなくお断りの一言を落とされて思わず素っ頓狂な声が出る。


「だめなの?」

「うん」

「どうしても?」

「だめー」

「なんで!」


聞いても全然返事をしてくれなくなってしまった彼にちょっと拗ねたふりをして繋がれた手を解けば、そんなわたしをお見通しなのか彼が紡ぐ音はいつも通りののんびりしたもの。


「寒い中待ってて名前ちんが風邪ひいたら、オレがヤダ」


解けた手を追いかけるようにしっかりと掴まれた手首は離れるわけもなくて、そこから伝わる彼のぬくもりにちょっとだけ幸せな気持ちになる。心配してくれる、それはすごく嬉しい。ちょっと子どもみたいにむっとした顔でわたしを見る彼のその表情でさえなんだか可愛くて愛しくて、好きだなあって思ってたまらなくなる。きっと、敦くんは知らないんだ。わたしがどれだけ、敦くんのことが好きなのか。

学生生活なんてあっという間に終わってしまうし、部活に励む彼のことが大好きだからこそ邪魔もしたくなくて、だけどやっぱり彼と一緒に過ごす時間もわたしには必要で……そんな複雑な乙女心を彼が分かるはずもないのだけれど。一緒にいたいっていうわがままを、心配だからの一言で突っ返されてしまうのはやっぱりちょっとさみしい。

それに、敦くんがどうしても心配だっていうなら、わたしはきっと風邪なんかひかないで過ごしてみせるのに。そう意気込んでみても彼は適当に笑って歩き始める。もしも、もしも心配でしょうがなくて、許してくれないんだとしたら……わたしにだって考えはあるんだから。


「敦くん」

「もー、名前ちんしつこい」

「わかったから、ちょっとしゃがんで」

「はあ?」


少し面倒くさそうに、わけがわからないという顔をして文句を言いながらもしゃがんだ彼はやっぱり大きくて、しゃがんでくれてもあんまりわたしと目線は変わらない。絶対だめだからね、なんて念を押す彼の耳元に手をあてて


「敦くんが、毎回抱きしめてくれたらいいと思う」


そしたらきっと風邪ひかないし、あったかいでしょ。そう言えば一瞬かたまった彼が珍しく瞳を大きくしてわたしを見て、そのままよくわからない唸り声をあげながら思いっきりわたしを抱きしめる。今だなんて言ってないのに!と彼の背中を軽く叩けばわたしを抱きしめるその腕には更に力が込められてしまった。


「ちょ、敦くん!」

「なんでそういうこと言うかなー……だめって言えなくなっちゃうじゃん」

「言わなくていいんだってばー!」


軽く耳を引っ張ればいてて、と少し腕を緩めてくれたけれど、ちらりと見えたその顔はなんだかすこし赤みを帯びているような気がした。暗がりだから、よくは見えないけれど……もしかしたら、ちょっと照れてくれてるのかもしれない。


「しょうがないから、待っててもいーよ。そのかわり、ちゃんとあったかい格好してくることー」


珍しくほんの少し下にある彼の顔がむすっとしながら見上げてそんなことを言うから、わたしは嬉しくなってつい、彼が稀にその大きな身体を折ってしてくれるみたいに彼の額にキスをした。ら、彼はやっぱり少しの間固まって


「……オレますますバカになりそー」


深い深いため息を落としわたしの前を歩いていく。そのおおきな背中を、わたしはずっと見ていられたらいいな。



- ナノ -