16.そこが可愛い 仕事から帰ってドアを開ければ、軽やかな足音とともに勢い良く尻尾を振って出迎えてくれる愛犬に頬を緩める。待ってましたと言わんばかりに足下をくるくるとまわるそれに笑いながら声をかければ、リビングのドアからひょっこりこちらを覗く顔がもうひとつ。 「ただいまー」 そういえば彼は今日は休日だったんだっけ。短くお疲れ様とかけられた声に返事をしてリビングへ入れば相変わらずわたしの足下から離れない愛犬。一人暮らしを始めた頃からずっと一緒にいるその子にわたしは恐ろしくめろめろで、これでもかというほどに愛情を注いでいるのだけれど、そんな一人と一匹暮らしに最近半分くらい彼が混ざるようになってきた。入り浸るというほどではないにしろ、わたしなんかよりずっと良い部屋に住んでいる彼がどういうわけかよくわたしの部屋にいる。最初こそ驚いたのだけれど今では慣れた景色になってしまった。 「はいはい、お留守番ありがとうね」 わたしがリビングに入るのを見てからキッチンへと立った彼はコーヒーでも淹れているのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながらわたしの手を今か今かと待ちわびている愛犬の前に屈んでやれば撫でる前にすり寄ってくる。こういうところがたまらないのだ。床に座り、ソファに背を預けてただひたすらにもふもふと戯れれば疲れもどこかへ飛んでいってしまうような気がして夢中で撫でまわす。嬉しそうに笑って見えるのは、きっと気のせいじゃないはず。 「…先に着替えたらどうだ?」 そんな数時間ぶりの再会に浸るわたしと一匹を呆れたような顔で見る彼の言葉も、最早毎度おなじみである。はーい、と返事をしてシャワーを浴びて、改めて部屋に戻れば先ほどよりは幾分か落ち着いた愛犬。それでも顔はこちらを向いているし、いつきてもいいのよ!と言わんばかりに尻尾が揺れている。うーむ、実にかわいい。情報番組を見ている彼の邪魔にならないように彼の座るソファの前に腰を下ろせば愛犬がのそのそと膝に乗っかって我が物顔で丸くなる。少し伸びてきたふわふわの毛を撫でれば気持ち良さそうに目を細めて……そんなことが、当たり前に幸せでいつまででも手が勝手に動くのだ。 そんな愛犬がうとうとし始めた頃。コトリと小さな音をたててテーブルに置かれた彼のカップ。そろそろ寝るのかな、と思って彼の顔を見上げればその視線は予想外にこちらに向けられていた。床に座っているわたしと、ソファに座る彼。いつもある身長差が余計に開いているような気がする。どうしたの、と聞くより先に開かれた彼の口は心無しか拗ねたような声を落とした。 「いつまでそうしてるんだ?」 「え?」 「そんな毛玉のどこがいい……とまでは言わないが、いい加減オレの番でもいいだろう」 ソファから腰を上げた彼が流れるような動きでわたしの肩に手を置いて、わたしが彼の言葉を理解する前に唇が重なった。その唇が離れる頃には、膝の上にいた愛犬は彼の片手に抱えられていてなんとも不思議そうな顔でわたしと彼とを視線で行ったり来たり。そんな愛犬と同じように、わたしもきっと不思議そうな顔をしているに違いない。 「これでも待った方だ。オレはあまり気が長い方じゃない」 なんのこっちゃ、という顔で居るわたしの隣に膝をついて、それでもやっぱり彼の顔はわたしよりも少し上にあるのだけれど……なんだかばつの悪そうな顔をしている彼。これは……もしかして、 「赤司さん赤司さん……やきもち?」 「うるさい」 そそくさと立ち上がった彼は小脇に抱えた愛犬をそのままケージの中へ送り届け、ほんの少し耳を赤くしたままこちらへ戻ってきた。未だ床に座るわたしの腕を引いてソファへと並んで座れば、綺麗な赤が近づいてもう一度重なる唇。 「ふふ、ごめんごめん。寝るまでは征十郎の番だよ」 「……ニヤニヤするな」 愛犬はもちろん可愛くて仕方が無いのだけれど、大人びているようで案外子どもっぽい彼も、時々たまらなく可愛い瞬間がやってくるから恐ろしい。ムッとしてしまった彼だけれど、彼の胸に体重をかければあっという間にご機嫌になる気配がした。 「お手とか、する?」 「お前はオレを馬鹿にしてるのか?」 調子に乗って差し出したてのひらは、彼の大きな手に絡めとられていく。少し上にある彼の首に腕をまわせば満足そうに彼の笑みは深まるばかり。眠りにつくまで、あとどれくらいだろうか。 |