14.ひょいっとお姫様抱っこ 随分と遠い記憶。大きくなったら結婚しようねなんて可愛いことを純粋に誓い合っていた近所の幼なじみがいた。 喧嘩をすることもなく、付かず離れずのんびりと一緒に成長して、中学校生活も終盤にかかった頃。 「あの頃の約束を忘れたことは一度もありません」 そうやって笑った幼なじみはいつの間にか男の子になっていて、相変わらず仲良く…それでもたぶん、お付き合いというものをしていたのだろうと思う。 と言うのも、元々仲良しこよしだったもので大して距離感も変わらずになんとなくお互いの家に入り浸ってみたり、休みの日に出掛けてみたり、生活はそれまでとほとんど変わらなかったのだ。 高校生になって、少しずつ大人に向かう私たちはやっぱり相変わらずだったけれど、手を繋いでデートをする。それだけのことが酷く愛しく思えるようになった。改めてお互いのことを意識しはじめたような気がする。 変わったことは、比較的小柄な彼に対して哀しい事に成長期を謳歌している私の身長ぐらいだろうか。彼よりも、少しばかり目線が高くなってしまった。 そんな、ある日。 目覚ましの音が酷く頭に響いて、持ち上げたその頭はぐらぐらと揺れていた。あれ?そんな小さな違和感に、まあいいかといつもより少し重たい身体を引き摺って彼と一緒に登校し、クラスが離れている彼と廊下でばいばいをして、お昼に再会。 人気の無い校舎の裏庭で彼とお昼ご飯を食べて、たわいない話をしていた時。ぐらり、視界が歪む。 そんなちょっとした変化に彼が気付かないわけもなかった。隠せるわけないよなあーなんてのんびりしながらどうしたんですか、涼やかな声と共に額にあてられる彼の手に少しだけすり寄る。 「名前…君、熱あるんじゃないですか?」 「うーん」 歪んだ視界はすぐに戻ったけれど、なんだか朝よりも頭が重たくなっているような気がするような…しないような。 ただ、ぴたりとあてられた彼の手が冷たくてひどく心地良い。 ぼんやりと靄がかかった思考では適当な受け答えしか出来なくて、そんな私を見かねた彼の腕が私の背中と膝下へまわる。 …え、待って、何するつもり? 「………っ」 浮遊感…が、私を襲うことはなく、腕を首にまわせとぷるぷるしながら言う彼に、いくらぼんやりしてたってやろうとしてる事を察した私は頼むからやめてくれと彼を止めた。 正直頭痛だって一瞬吹っ飛んでしまう。 「テツヤくんテツヤくん、念のため確認しますが一体何を…」 「保健室へ連れていこうかと」 「…身長的に無理だと思うので、泣きたくなる前に勘弁してください」 「………ボクだって男です」 「いやいやいや!」 結局、彼は不満そうな顔をして、ならおんぶさせてくださいとかなんとか言って、それならまあなんとかなるかと身体を預けた。その後暫く、筋肉つけますだとかいつか君を見下ろしてみせますとか言っていたのが懐かしくて愛おしい。 あれから数年。 同じぐらいの歳の子が、可愛いヘアアレンジをして、シュシュなんてつけたりして、ふわふわしたワンピースに女の子らしい可愛いミュールを履いて軽やかに街中を歩いていく。 彼氏らしき男の子と手をつないだり、腕を組んだり、見上げて言葉を交わしてふにゃりと笑う。それを見て男の子も嬉しそうにはにかんで、そんなカップルで溢れる休日の大通りにぽつん。 ふと自分の足下に目をやればぺたんこのパンプス。別に、可愛くもない。ヒールを履いてお洒落をして、なんて不可能なのだ。 高校生の頃から止まることを知らない私の身長は気がつけばその辺の女の子より頭ひとつ抜けてしまい、今では職場の男の人にだってでっかいなあなんて笑われてしまう始末。 馬鹿にされているわけではない、ある意味愛は感じるけれど、それでも不満なものは不満である。 …ああ、遺伝子が憎い。 べっこんべっこんにへこんで、大きなため息をついた時 「しあわせが逃げますよ」 「うわっ、」 相変わらず淡々としたその声に振り向けば、私の目線…の、少し下にある彼の顔。そう、彼は結局私を抜かすことがないまま、平均的な男の人より少し小柄なまま成長期を終えてしまったわけで 「………はあ」 「人の顔見てため息つくなんて君は相変わらず失礼ですね」 「彼女を待たせる人もどうかと思います」 「僕は時間通り来ただけですよ。君が早く着きすぎるんです」 ツれない彼と二人、並んで歩いたってちっとも様にならない。もう少し小さければいいのに、こんな身長いらないのに、そんなことばかり考え続けてもう何年になるだろう。 それでも、彼との時間は楽しくて穏やかで、何年経っても色あせることはないのだけれど。 彼の観たいと言っていた映画を見て、マジバでお茶をしながら感想を語り合って、僕の家に来ますか?なんて言うから流れでお邪魔する彼の家。 以前のように近所ではなくなってしまった、彼が一人暮らしをするマンション。シンプルで綺麗に片付けられているその部屋は彼特有の少し甘い石けんのような匂いで溢れている。 「やっぱ、ほっとするなあ」 ソファに座って、クッションを抱く。ふわりと鼻をかすめる彼の匂いに酷く安心して、相変わらず映画の話を続ける彼に相づちをうちながらうとうと。 映画って、どうしてこんなにも心地よい疲労感を生むのだろう。なんて、くだらないことを考えながら呟いた一言に彼が言葉をつめる。 「…人の話聞いてますか?」 「んー…だって、ねむ、い」 「…まったく」 「へんたいっぽいかもしれないけど…テツヤくんの匂いでいっぱいなんだもん。なんか、ぎゅってしてもらってるみたいで、ほっとする」 そしてねむい。呟いてへらりと笑えば彼からは大きなため息。しあわせが逃げるんじゃなかったの?なんて、微睡みながら茶々をいれたらうるさいです、なんてぴしゃりと返されてしまった。 相変わらず冷たいなあ、ぼんやりして、そしてクッションに顔を埋めて瞳を閉じたら彼の身じろぐ気配。あれ?と顔に影を感じて瞳を開けば彼のドアップに、どきりと胸が脈打つ。 「…な、なに?」 「そういえば、まだリベンジしてないことを思い出しました」 「リベンジ?」 「大体、そんな可愛い事を言うからいけないんです。いつも言ってるでしょう、君は無防備過ぎると」 「は、え?」 ぐ、と一瞬近づいた彼との距離におろおろしてる間にするりと彼の細い腕が背中と膝裏にまわる。一瞬蘇るいつかの記憶。あの頃よりも私は確実に背が伸びているし、重くなっているというのに、なんてことを。 「ちょ、待っ」 「安心してください、落としたりしませんから。…君が暴れなければの話ですけど。ああ、念のため首に腕、まわしててくださいね」 「いやいやいや!無理だって、うわっ」 涼しい顔してひょい、いとも容易く持ち上げられた私は所謂お姫様抱っこ状態で、そんなほそっこい小柄な彼のどこに力があるのかと真剣に悩んでしまう程。 あろうことか彼はそのまま私を寝室まで運び、その間も首にしがみつく私の頬にキスをしたりしてくれるものだから私の心臓は崩壊寸前である。うるさい、ばくばくうるさい! そっと下ろされた先は彼のベッドで、彼もそのまま私の上に覆い被さってきて、冷や汗たらり。 「言ったでしょう、ボクだって男です」 「え、あの」 「いつまでもあの頃のままだと思わないでください。君一人抱きかかえることくらいなんでもないです」 「も、もしかして、根に持って、る?」 「そうですね、悔しかったので。それに…」 いい笑顔でそんなことを言ってくれる彼に私の冷や汗はとまらない。どうしよう、眠気なんて吹っ飛んでしまった。いっそこのまま寝落ちてしまえたらいいのに…! 珍しくよく喋る彼にこれは危険だと私の脳が逃げろと指示をする。そんな私を察したのか、彼は私の顔の横に手をついて、そのまま顔を近づけて、とびっきりの笑顔で一言。 「押し倒してしまえば、身長差なんてあってないようなものでしょう?」 ○月×日、午後4時半。私終了のお知らせ。 |