6.膝立ちデコちゅう 「眠いのかい?」 ふ、と突然視界に影が出来て、後ろから彼の声。そのまま顔を上にあげて後ろを見れば、まだ少ししめった髪をタオルで拭きながらこちらを見つめる色違いのそれ。 「んー、ちょっと」 そのままこてん、と頭をソファの背もたれに預ければ小さく笑う彼がいる。 そのままの体制で彼は片手で髪を拭きながら、もう片方の手で見上げた私の額を撫でる。 彼の綺麗で涼やかで、それでいて筋張った手はお風呂の後だからか暖かくて私に安心感をもたらす。 「…だらしない顔だな」 「しあわせなんですー」 笑った彼に少し拗ねたような声を出せば彼はまた更に楽しそうに笑う。そのままぐるりとソファの方へ移動した彼の手にはいつの間にか缶ビール。 隣に座った彼はそのままプシュ、と軽やかな音をたてて缶を開け、ごくり。飲み込まれるのと同時に上下に動くのど仏に少しだけどきっとしたりして、そんな私に気付いてか気付かずか…彼はまた一口。 「…ね、征ちゃん」 「ん?」 缶を傾けたまま、こちらに視線をくれる彼は酷く様になっていて 「触ってもいい?」 「………は?」 「だって、気になる。それ」 ぽかん、と薄く口を開いたまま固まってしまった彼。それ、と言いながらそっとのど仏に手を伸ばせば悟った彼は更に不思議そうな顔して首を傾げる。 なんだ、やっぱり気付いてたわけじゃなかったのか。 「何がそんなに気になるんだ」 「なんか…どきっと、する?」 自分でもよくわからないけど気になるのだと伝えれば頭が良いのか悪いのか解らないなとなんとも失礼なことを言って、好きにすればいいと一言。 お言葉に甘えて、缶ビールを美味しそうに飲み込む彼の喉を撫でる。動くのど仏にやっぱりなんだかきゅんとしながら、呑み終わるのを待てば小さく息を吐き出した彼。 「…おしまい?」 「満足したのか?」 「うん、よくわかんないけど」 「ははっ、お前にわからないんじゃ僕にはさっぱりだな」 おいで、少し低く掠れた声に誘われてまだ少し笑っている彼の腕に引かれれば、ソファに横向きに座った彼の足の間に着地。 なーに、少し眠いからかいつもより甘えた声が出てしまったことにちょっとだけ自分で照れながらも首を傾げる。そんな私を見て彼はまた小さく笑って 「眠いんだろう」 珍しく、彼が下から見上げてくるから私は少し居心地が悪くなって、適当に頷いて彼の腕の中で落ち着こうと思うのに、彼の腕がそれを邪魔する。 今日はいつも以上に彼の考えてることがわからないなあ。 「…名前、お前の願いを聞いてあげたんだ。今度は僕の願いを聞いてくれてもいいだろう?」 「え、っと…?」 真っすぐこちらを見上げるオッドアイにたじたじ。彼の口元は非常に楽しそうに弧を描いている。それはもう、人を虐める時のそれ。悪い顔。この人はつくづくサディストだと思う。 彼の言うお願いはたいてい私に不利益をもたらすもの。と言っても、別に嫌がらせとかではないと思うけれど…基本的に人をてのひらで転がすのが好きな男なのだ。彼は。 今日は何を言われるのだろうかと少しだけ身構えれば 「おやすみなさいのキスが上手に出来たら寝かせてあげよう」 「…はい!?」 予想以上の彼の願いに思わず驚いて目を見開いて固まってしまう。 そんなに驚くことないじゃないかとかなんとか言っている彼の声が遠くで聞こえる。だって、なんで、わたしが? だけど、寝かせてあげようってことは恐らく本気でキスをするまでは寝かせてもらえそうにない。きっと、彼はこのままの体制で延々と私をいじめるのだ。 そんなの死んでも嫌だ。と、これはこれで彼に知られたらものすっごく怒られそうだけれども。 「うー」 「名前、僕の言うことは?」 「ぜ、ぜったい、です」 「解ってるじゃないか」 膝立ちのまま、脇に手を差し込まれた私は身動きとれず。そっと手のひらを彼の肩に乗せて、一瞬だけ、迷った挙げ句彼がいつもしてくれるように額に軽く唇をあてた。 少しだけ腕の力が緩んだその一瞬を見逃さずに、今だ!とそのまま彼の腕の中へと落ちれば 「…場所を指定しなかった僕のミスか」 なんて、恐ろしい一言が聞こえてこれはまだマシだったのかもしれないなんて思い直す。 「征ちゃん、いじわる」 「今更そんなことを言うのか?」 「…でも、すき」 「知ってる」 ぐりぐりと彼の胸に額を押し付ければそっと背中を撫でてくれるそのてのひらに、やっぱり敵わないなあなんて思いながらじわじわと幸せが広がっていくから困りもの。 だいすきでだいすきで、たまらなくなる。そしてなにより、見下ろした彼の顔があまりにも綺麗だったから、たまには、ほんとうにたまにだけど…悪くないかなあなんて… 「も、ねる」 思ったのは、彼には内緒です。 |