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1.階段の上から下へキス

放課後の静かな図書室。大きな窓から目一杯差し込まれる西日に、暖かいなあとぼんやりしながらぱらりぱらりとページをめくる。
今日はどこまで進めるかな。毎日毎日少しずつ進み広がっていく物語の世界に浸りながら彼を待つこの時間が私は大好きでたまらない。
まだかなあ、頑張ってるかなあ、そんなことを思いながらまた一枚、ページをめくっては文字を追いかける。そんなことを繰り返しているうちに太陽は沈んでいき外が薄暗くなる頃。


「ごめん、お待たせ!」


がらり、勢い良く軽やかに開かれた扉と、急がなくて良いと言うのに毎日息を切らせて走ってくる彼に頬が緩む。おつかれさま、ありがとう。そんな会話をひとつ。


「黄瀬くん、ネクタイ曲がってる」


「えっ、あ、」


ゆっくり着替えてくればいいのに。もうすぐ必要なくなるであろうブレザーを鞄と一緒に片手に抱えて、そういえばボタンがぐいちになっていた時もあったなあなんて笑いながらネクタイを慌てて直している彼のその大きな手に自分のものを重ねる。
かーしーて、子どもみたいに笑って、ちょっとだけ背伸びして、そしてちょっとだけ屈んでくれた彼のネクタイをそっとなおせば彼は照れたように、そしてとても嬉しそうに笑うのだ。


「ありがと、なんか照れるっスね!」


へらりへらりと笑う黄瀬くんに手を引かれて、今日の練習はどうだったーなんて話をしながら下駄箱を目指す。ゆっくりと、のんびりと。どうせもう学校には誰もいないのだ。黄瀬くんひとりじめー、なんて、絶対口には出せないけれど。


「大会前ってのもあるんスけど…笠松センパイ厳しいんスよー」


オレもうへろへろっス…なんて笑いながら冗談みたく吐き出した黄瀬くんの声はやっぱりちょっと疲れている気がした。
だから、だからね、


「黄瀬くん、」


「ん?」


立ち止まった私に気づいた彼は、階段ふたつ先で立ち止まって振り返る。きょとん。大きな瞳をもうひとまわりおっきくして、どうかしたんスか?なんて首を傾げる彼の目線と、やっと絡む私の目線。

やっぱり大きいなあ、なんて思いながら内緒話。


私の手の動きに気づいてそっと耳を寄せてくれる彼に、おつかれさま、って一言と、そのまま綺麗なほっぺに軽く唇を押しあてる。
んなっ、とか、えっ、とか、パニックに陥ってあたふたする彼を尻目に


「か、かえる…!」


「ちょっ、名前ちゃん!?何スか今のー!」


熱くなった自分の頬に手をあてながらぱたぱたと駆け下りる階段。やっぱりちょっと、恥ずかしかった。


我に返った彼の手が私の腕を掴むまで…あと何段?






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