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モノクロ世界にさようなら

俺が生まれる前からの、家族ぐるみの付き合いだった。お互いの両親が仲が良くて、俺が生まれてからはよくかわいがってもらっていた…らしい。

ギリギリ残っている記憶。それでもその僅かな時間にはたくさんの思い出が詰まっている。


ひとつ年下の女の子。その子が生まれたときの記憶は俺にはないけれど、隔離施設に入る前の記憶の大半をその子が占めている。
小柄で、人見知りをして、なのに何故か俺には懐いてて、いっつも危なっかしい足取りで後ろをひょこひょことついてきたそいつ。


その頃から俺は、きっと周りのガキとは全然違ったのだ。もちろん誰かを憎んだ事も当時殺してやろうだなんて思ったことさえ無かった。ただ、本当に純粋な好奇心でバッタを捕まえて足をむしったり、蟻の巣に水を注いだり、まあそれなりにえげつないことはしていた。今思うと、流石にねえわ、って自分でも思う。

ごめんな、犠牲になった虫たちよ。


そんな俺を、同い年のガキは嫌がったし、そのガキの親も良い顔はしなかった。自分の親の反応は、正直あんまり覚えていない。恐らく周りの人間からはそれなりに色々と言われていたのだろうと今では想像がつくけれど。


話は戻って、その子がやっと話ができるようになった頃。大人には伝わらなくてもガキ同士ならいくらだって会話が続いた。お互いに理解出来る、というよりも俺たちだけでしか伝わらない拙い日本語。


「しゅーちゃん」


「なーに」


その子は俺をしゅーちゃん、なんて舌足らずに呼んで、相変わらず後をついてくるその姿に俺はまんざらでもなくて、ちょっと背伸びをして兄貴面したりして、そうやって無邪気に遊ぶ時間は本当に楽しかった。


だけど、先に言った通りそんな時間は一瞬だったのだ。


穏やかな昼下がり。ガタガタとその時間帯には似つかわしくない大きな物音に昼寝をしていた俺は無理矢理起こされた。視界の先に見えた親の背中は別の大人の手によって倒される。その手が、俺に伸びてきて、わけがわからなかった。
ただ、呆然とする母親の顔と、くしゃくしゃに歪められた父親の顔。秀星、悲痛な程に叫ばれる俺の名前に俺はただただ必死に両親に手を伸ばすことしか出来なくて…その手があの暖かい手に届く事は二度と無かった。


外に連れられてそのまま車に放り投げられた時。視界の片隅に見えた、その女の子。何か、空気で察知したのであろうその子は、大きな瞳からそれはそれは大粒の涙をぽろぽろ零しながらしゅーちゃん、相変わらず舌足らずに俺を呼ぶ。

何を言うことも許されず閉められた車のドアに、俺は自然ともうここには戻って来れない事を察した。



「り…縢!」


「うおっ!?」


ダンッ、と耳元で大きな音がして覚醒する意識。


「な、なんだ、ギノさん?なんなんすかもー人がせっかく」


「なんだ、だと?」


ズゴゴゴゴ、と音が鳴りそうな、そんな恐ろしい鬼のような顔で仕事中に居眠りとはどういうことだ!と怒鳴られる。ああ、耳がいてえ。


「ちょっと休憩してただけじゃないっすかー。やりますよーやればいいんでしょー」


「…そうか、そんなに説教されたいか」


「すみませんでしたやりますすぐやります今やりますから!」


慌てて画面に向かいキーボードに手をのせる。随分と懐かしい夢を見た。忘れていた記憶。…いや、正確には忘れようとしていた記憶。


だめだ今の無し!忘れろ俺!


思い切り頭を振る俺にもう一度ギノさんの低い声が降って来る。


「人の話を聞け。今日から監視官が増える」


「…監視官?」


「もうそろそろ来る頃…ああ、」


ギノさんの言葉を見計らったかのように入って来たのは、小柄な女の子。監視官?これが?好奇心だけでその顔を見て俺は固まる。


「本日付けで配属されました、苗字名前です」


よろしくお願いします。そういって頭を下げた彼女に俺の頭はフルスピードで回転する。だって、いやなんで?フルスピードつっても同じところをぐるぐるするだけ。何も結論は出ないまま


「…名前、?」


ようやく喉から出たかっすかすの声は、どうやら彼女に届いたらしい。


「追いかけてきちゃった」


どんなに消したくても消えなかった、もう一度見たいと願ったそのあどけない笑顔から…俺の視界が一気に色付いていく気がした。






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