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きみはぼくのおひめさま!

※現代パロ



仕事を終えてひとつため息。街灯に照らされる薄暗い道をなんとも足に優しくないヒールを引きずって歩いていく。ここのところ積まれる書類の山は高く残業続きの毎日。

明日は久しぶりの休みだというのになんだかこのままじゃ一日寝て過ごすことになりそうだなあと吐き出した息が白く夜の闇に消えていくのを見て、うっかりため息のループにはまりそう。


お腹すいたなあ、と思えば頭の中を美味しいものが巡るけれどそれを作る気力もないのだ。もうさっさとシャワーを浴びて布団に潜り込もうと決め込んだ頃見えてくる自分の住んでいるマンション。


「…あれ、」


もうひとつため息、と思ったところでふと目に入った窓から漏れてる光。もう随分と遅い時間、他の部屋の住人はすっかり睡眠中なのだろう、唯一電気の点けられたその部屋は間違いなく私の部屋で。なんだかちょっと立ち止まって考え込んでしまう。


つけっぱなしで出てしまっただろうか、はたまた泥棒?やだなあと思いながら階段を上って部屋の鍵をあけてドアを開きそっと覗く。これでも一応嫁入り前の乙女なのだ。おっかないものはおっかない。

とりあえず片手にはいつでも彼に繋がるようにと携帯を握りしめる。

…って、どうせ彼も今頃夢の中かなあ。そんなこと思ったときにふわりと鼻をかすめる彼の匂い。ほんのり甘いさわやかなそれは微量ではあるけれど彼が好んでつけている香水の香りで思わずまばたきぱちくり。

そんなまさか、と思いながらもしっかりドアを開けば玄関に転がっている大きな靴。乱雑に脱がれたそれはいつも揃えてと言っているのにちっとも聞こうとしない彼である証拠のようなものだ。どうしたものかと思いながらとりあえず玄関に入り鍵をしめ、彼の脱ぎ捨てられた靴を揃えながら彼を呼んでみる。


「秀星くーん?」


「あ、名前ちゃんおかえりー」


呼びかければひょっこり顔を出した彼に、本当にいたのかという思いと彼でよかったという思いで一気に脱力。なんで事前に連絡をくれないんだろう、びっくりするなあもう。ご機嫌さんで遅かったねーなんて笑いながら近づいてくる彼に残業ですよーと答えヒールを脱ぐ。

もちろん、彼の靴の横に丁寧に揃えて。


「いやあ真面目だねえ」


「靴くらい揃えてくださいな」


でも、今日は疲れちゃったーと壁にもたれてひと呼吸。鞄に手をかけてさてリビングに移動するかと立ち上がろうとするとふと彼が近づく気配がして、がっしりと彼の細っこい腕に引っ張られれば、抵抗する暇もなくそのままひょい、と彼の腕は私の背と膝裏にまわされた。

膝裏にまわった手には器用にも私の鞄が引っ掛けられている。


「わっ、な、なに!?」


「お疲れな名前ちゃんを甘やかしてあげようと思って」


ほらほら落とされたくなかったら掴まってなさい、なんて言う彼に実際歩くのももうだるいからいいかとされるがままに徹することにして、首に顔を埋める。すん、と彼の匂いをめいっぱい吸い込めばそのなかに自分のシャンプーの匂いが混じってることに気付いて


「お風呂入ったの?」


「だーって全然帰ってこねーんだもん」


「なんでわざわざ私のシャンプー使うのー高いのにー」


バスルームにはきちんと彼愛用のシャンプーも並んであったはずだし、きれていた気配もないのにと言えばなんだかいまいちぱっとした答えは返ってこなくて、うやむやに丸め込まれてそっとソファにおろされる。


てっきり隣に座るとばかり思っていた彼は私の目の前にしゃがんで、その男の人にしては小さなそれでも私よりも一回りちょっと大きなてのひらで私の頬をひと撫でしてから明日の予定を尋ねるから、お休みだよーとのんびり一言。なんだか彼の顔がちょっと明るくなった気がするのは気のせいかな。


「ちょっと待ってて。飯作ったげる。風呂湧いてるから入るならどーぞ」


にんまり笑ってキッチンに去る彼。甘やかしてあげる、なんて台詞はあながち嘘じゃなさそうだなあと嬉しくなって、お風呂入ってくるねーと言えばはいはーいと返ってくる声にちょっとだけ緩む頬。
うーむ、やさしい。




ちゃぷん、と小さな水音が響くバスルーム。彼が湧かしてくれたお湯に浸かり息を吐き出せばなんとも心地よい脱力感が身体を巡る。帰ってさっさと寝ようと思っていたのに、なんだかすっかり彼のご飯が楽しみになっているのだから不思議。

何せ明日はお休みなのだ。いくらだって夜更かし出来るし、せっかく彼がいるのだから彼と一緒にのんびりするのも良いかもしれないなあ。


じんわり暖まったところで部屋着を着てタオルで髪を拭きながら彼の元へ戻れば、今度は部屋いっぱいに広がっている何やら美味しい匂いに顔が綻んでしまって、なんて単純なんだろうと自分でもちょっとだけ小さく苦笑い。




「秀星くん、それなーに?」


「ん?今夜はねー」


テーブルにお皿を並べる彼の後ろからひょこりと覗けばこれはスーパーで一目惚れしてねーとか最近はこの野菜にはまっててだとか近況を交えながら料理の説明をそれはもう楽しそうにする彼。


愛情目一杯、なんて冗談を言う彼に美味しいよと言えば照れたように笑うからなんだかちょっと可愛く見える。
彼の作る料理はとても優しい味がして、なんだか残業続きのストレスもほんわか溶けていくような感覚。彼の作ったご飯と、目の前に嬉しそうな顔をして自分も食べ進める本人がいる。しあわせだなあと、思う。


食べ終わって、洗い物は流石に明日することにして二人並んで歯磨き。仕事の鞄を置いてソファに傾れ込む私を見て笑った秀星くんに寝るならベッドに行けと言われるから期待半分、冗談半分で動けませんと腕を伸ばしてみた。


ちょっと勇気を出してみたのに、彼はぴたりと固まって目をまんまるにして口は半開き。さっきは問答無用で抱っこしてくれたのになあなんて思いながら、ちょっと期待してた自分が悲しくなったりして


「…なんちゃって」


自分で歩きますよーとソファを立とうとしたら彼の腕が私の肩を抑える。なんだよう。そんな意味を込めて彼の目を見つめれば彼はぽつりと一言。


「ったく、なんでそういう可愛いことするかなー名前ちゃんは」


なんだそれ、と言う前にふわりと浮いた身体に驚いて彼の首に手をまわせば、小さく笑った彼がいて。

そんな彼に嬉しくなって腕にぎゅうと力を込めれば更に彼の笑みは深く楽しげなものへと変わっていく。


どこまでも優しく布団におろされれば、今更ちょっぴり恥ずかしさが顔を出すけれど潜り込んでくる彼が腕を伸ばしてどうぞ、なんて笑うから私はもうぐっずぐずに溶けてしまうのだ。
小柄で少しばかり幼く見える彼だけれどこういう時は本当にずるいほど格好良くって私の心臓は大忙し。


ぞっこんだなあって笑えば少しだけ不思議そうな顔をする彼になんでもないと呟いてありがたく彼の腕に頭を乗せると、肘を折って私の頭に触れるてのひら。

そのまま彼のてのひらは私の髪の上を行ったり来たり。


「秀星くん、」


「んー?」


労るように動くてのひらにふわりふわりと疲れは溶けてお疲れ、なんていう彼の魔法のような言葉に私の瞼は閉じていく。


ありがとう、夢と現実の狭間でうつらうつらしながらなんとか声になったその言葉に彼は嬉しそうに笑って私の額に唇を落とした。


しあわせに浸りながら私は今日を終える。





「おやすみ、」


(俺の大事なおひめさま。)





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