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キューピッドは長ネギでした。

中庭に作られた菜園に足を運んで、シェフのお手伝いがてら野菜を収穫しに来ていた時。
なんだか上から声がした気がして見上げると空から何か降って来た。


重力に逆らうことなく地面に吸い寄せられ、どしゃりと菜園の垣根の向こうに消えたそれ。


ぎゃあああ、と物騒な悲鳴からして恐らく威厳もなにもない我がボンゴレファミリーの人の良いボスさんだろう。


「…大丈夫ですか?」


まだ半分くらいしか埋まってない籠を抱えて覗きに行けば、そこにはやっぱりボス、基沢田さんがいた。


「いってー…」


ったく、容赦ねえなあとぼやきながらスーツについた土を払う彼は、恐らくまたサボタージュを試みたのだろう。
上からリボーンさんの怒鳴り声が聞こえる。蹴り飛ばされた拍子にまた窓から落ちて来たのか。


彼の執務室は4階。よくもまあ大きな怪我なく過ごしているものだと関心さえしてしまう程に彼はよく窓から降ってくる。
脱走を試みた時に足を滑らせて、だとか、逃げてた勢いで、だとか。とにかくお仕事が嫌いな彼にリボーンさんは毎度毎度怒声とともに暴力をぶつけている。


そんな日常が、恐らく平和である象徴なのだろうと思うけれど。


「あ、名前ちゃん」


気づけば呼ばれていた名前。他のファミリーに比べたら使用人と呼ばれる人間は少ないこの屋敷も、それなりの人数がいる。
私なんてそれこそ雑用係程度の人間なのに、彼は当たり前のように名前で呼ぶのだ。それは私だけじゃなく、上層部の人間から、関わることの少ない部下や使用人の一人一人隅から隅まで記憶している。
時々呼び間違えてはいるけれどそれは覚えてないとか曖昧だとかではなく、どうやら彼の生まれ持った少し間の抜けている性格のせいなようで、こんなにもファミリーを大事にする人が他のどこにいようかと。


「また怒られてたんですか?」


やだなあ、別にしょっちゅう怒られてるわけじゃないよーなんてへらりと笑って言うけれどリボーンさんの怒声が聞こえない日は無いに等しいのだ。
そして、彼が降ってくることに驚かなくなるくらいには見慣れたもの。っていう時点でしょっちゅうという部類に入るのだと思う。


「今日の夜ご飯なーに?」


「今日はお鍋だそうですよ。シェフが腕によりをかけて頑張るそうです」


シェフから聞いたことをそのまま伝えればなんだか嬉しそうに綻んだ彼の顔。
寒い冬は鍋に限るよねーなんてふわりふわりと笑う彼は私の手から籠を取り上げてにっこり。


「お手伝い、させてほしーなー」


片手に籠を抱え込み、不器用ながらも腕まくりをする彼に慌てて声をかければ今戻ったってどうせリボーンの説教が待ってるからとなんとも頷きにくい言葉を並べて長ネギを引っこ抜く。


「…私まで怒られそう」


「え?大丈夫だよー、あいつもそこまで頭ごなしじゃない」


あと何使うのー?と首を傾げる彼はとても大きなマフィアのボスだなんて思えない程、穏やかで優しい顔をして笑うから、私はどうしていいか分からずにシェフに渡されたメモを彼の手に。


白菜までなってんだ!となんだか感動したような声をあげた彼の背中を眺めながら必要なものを土から引っこ抜いて抱えていく。
採れたての野菜程美味しい物はない、と思う。季節によって入れ替わる野菜。それぞれちゃんと美味しい時期があるのだ。
食べるべき時に食べるからこそ美味しい。だからこそ、ボンゴレの食卓はいつだって色とりどり、綺麗な色をした野菜が並ぶ。


勿論畑仕事を主にやっているわけでもない私はただ単にシェフさんと仲良しなだけで、専門ではないのだけれど。


「…名前ちゃんさ」


一通り野菜を籠に詰め込んだ頃、不意に彼が口を開いた。


「今度、お茶しようよ」


「…はい?」


「たまにお菓子作ってるでしょ。それ俺も食べたいなーと思って。ね?」


のんびりお茶でも飲んで、美味しいお菓子食べながら、ゆっくり話でもしようと言う彼に流石にそれは立場的にも随分とまずいのではと抵抗するけれど、相変わらず彼はふわふわふわふわ笑うだけ。


「じゃーボス命令?」


「なっ、」


泥のついた手を軽く叩きいっぱいになった籠を抱えて立ち上がる彼は今度は楽しそうに肩を揺らしてから


「だって、もうずっと名前ちゃんを見てたんだ」


殺し文句を落とすのだ。勿論、抱えているのはネギやら白菜。それでも様になる彼にどうやら私は完敗です。




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