段ボールと特別な君 「な、何これ?」 ディーノさんとの会談とは名ばかりの雑談会から執務室に帰宅して、自分の目を疑った。 ボスにと用意された広すぎるくらいの執務室は豪華すぎる装飾で溢れていて、なんだかお洒落なローテーブルに大きいふっかふかのソファ、その奥にこれまたお金かけてます!なオーラを漂わせるデスクと社長椅子。 飾り棚や振り子時計とアンティークなもので纏められた俺の趣味と生活ぶりとは全く交わることのないオレの部屋。 で、あるはず、なんだけど… 「あ、おかえりなさい。いろんなご令嬢とファミリーから贈り物ですよー」 家具を避けて積まれている段ボール。正直何箱あるのか数える気にもならない程。 辛うじて確保されている通路を歩きながら声をかければ段ボールの奥からひょっこり顔を出したオレの、秘書。 ああ、秘書というと厳密には違う気がする。彼女の仕事は主にオレの部屋での仕事の手伝いと、書類整理と、屋敷の掃除洗濯諸々。 もちろん彼女のほかにメイドさんたちもいるけれど、基本的にオレの身の回りのことと守護者の部屋のことはある程度彼女に任せてある。 なんて堅苦しく言ってはみたけれど要するにオレの大事な女の子なのだ。 結婚こそしてないもののオレが高校に入ってからずっと一緒にいる。元々が一般人の彼女には基本的に屋敷内での仕事を頼んでいて、真面目で几帳面な彼女によって管理されてるオレの執務室はいつだって綺麗で、整理整頓されていて… 「…なにこの段ボールの山」 少なくともこんなに段ボールが積まれた部屋ではなかった。 日頃の執務室とは似ても似つかない部屋は間違いなくオレの部屋。彼女もいるということは尚更オレが間違って入った訳じゃないし疲れて幻覚を見ている訳でもなさそうだ。勿論骸のくだらない悪戯でも嫌がらせでもない。 「ほら、今日バレンタインだから」 「バレンタインだから、って、え?」 「ジャッポーネでは女の子が好きな人に告白する日、ほかにも友チョコ逆チョコいろいろあるよーって情報をお嬢様方は入手したようで」 ボンゴレの座を狙ってるご令嬢の皆様からと同盟ファミリーのノリの良い人たちからどっさりだねーなんて言いながら段ボールを解体している彼女。 バレンタインという言葉に思わず引きつる頬。 「…もしかしてこれ中身全部…チョコ?」 出来れば否定してくれと願いながら恐る恐る彼女に尋ねれば、その願いは 「んー、色々あるよ。でもチョコレートがほとんどかなあ」 すぐにあっさり砕かれた。 段ボールにまとめられた綺麗にラッピングされている小包を目視し、確認しては何かを紙に書き込む作業を繰り返している。 恐らく差出人の名簿を作ってるんだろうけど、わざわざこんな大量のものを一人で請け負わなくてもいいのに、すぐ無理するんだからとため息をついて彼女の隣に並び段ボールを覗き込めば横で小さく笑われた気がした。 「手伝ってくれるの?」 「ん、だってこれオレ宛だろ?」 でもさすがに二人でも無理があるからと獄寺くんを呼んで、そしたらなんだか山本まで顔を出してくれた。 「ははっ、ツナすげーもらってんのな」 「さすが十代目…!」 「いやほとんどがボンゴレ名義だし」 「名簿作ったらみんなで食べていーい?」 「うん、さすがにオレ一人でこれ全部食えって言われる方が困る」 「だよねー、どうせならメイドさんたちにも配ろうよ!」 4人で分担して段ボール箱に向き合うこと2時間。 「お、これで最後なのな」 名簿は相当な量になったものの、きちんと積み直せば少しは部屋がマシになりなんとか仕事くらいは出来そうだ。 …どうせなら仕事も出来ないくらい段ボールでいっぱいになってしまえなんて思ったのは内緒である。 「手伝ってくれてありがとう」 「困ったときはお互い様ってな!」 彼女の言葉に変わらぬ爽やかな笑顔で返す山本と 「十代目の仕事に差し支えるだろ!」 嬉しいような悲しいような気遣いを残した獄寺くんを見送って仕方なくデスクに向かえば、なんだか楽しそうな顔をした彼女に手渡されるマグカップ。 「あれ、コーヒーじゃないの?」 「チョコレートが見たくなくなる前にあげておこうと思って」 どうせ暫くはチョコレート地獄だからと肩を揺らす彼女に首を傾げてマグカップを覗けば、そこにはコーヒーではなく、ホットチョコレート。 「ハッピーバレンタイン、綱吉」 「ありがとう」 漂う甘い香りにさえ癒されて、じわりじわりと溶けて行く疲れ。 彼女の言う通り当分はこの段ボール箱の中身を消費するためにオレの仕事のお供はチョコレートまみれで、きっと3日もすればいくらなんでも飽きるんだろうと思う。 「ねー、名前」 だけど 「ん?」 「オレね、名前がくれるならきっと何日チョコが続いたって美味しく食べられるよ」 君がくれるものならばなんだって特別になるんだよ。 . |