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君の寝息と僕の微笑み

「ただいま戻りまし…名前?」


沢田綱吉に報告書を提出し自室に向かうと、少しばかり薄暗い廊下には自室の扉の隙間から光が伸びていた。
僕の部屋に来る人間など少ない、まして留守中に部屋に入っている人間など尚更限られてくる。恐らくは彼女だろうと思いつつ扉を開けば、居る時ならばいつもあるはずの彼女の出迎えが無かったことに首をかしげる。

彼女ではないのだろうかと少し落胆している自分に苦笑しながら少しの緊張感を持ち部屋に進めば


「おや」


大きなソファで寝息を立てている彼女。
待っている間に寝てしまったのだろう彼女の手元には読みかけの文庫本、ローテーブルにはココアが飲みかけになったマグカップ。


帰りを知らせたわけではないが、沢田綱吉か、はたまた忠犬あたりかが僕の帰りを伝えたのだろうか。時計の短針は3を示しており、外は真っ暗。
通常彼女が起きているような時間でもないし出来ることならこのまま寝かせてやりたいところでもあるのだが、ここでベッドに運んで朝を迎えようものなら彼女の柔らかい頬は綺麗に膨らみしばらくいじけてしまうところまで想像して仕方なく彼女のその華奢な肩に手をかけた。


「名前、起きてください」


「…ん、?」


「全く、こんなところでうたた寝して風邪引いたらどうするんですか」


「あ、れ…むく」


わたし、寝てた?なんて目を擦りながら首をかしげる様子を見ていれば任務の疲れもじわじわ溶かされていくようでなんとも心地良い。


「お、はよ…」


「任務から帰った僕への第一声がそれですか、名前?」


「ふふ、おかえりなさい、骸」


ふわふわと微笑んで、伸びてくる細い腕。好きなようにさせてやればその腕はそっと僕の背中にまわり、すり寄ってくる彼女が可愛くて、抱き寄せて背中を撫でれば嬉しそうに目を細める。

そして、ゆるやかに顔を上げた彼女はおきまりの質問を口にする。


「けがは?」


「してません」


「擦り傷一つも?」


「ええ」


「…本当に?」


毎回のことながら、心配性な彼女にはこまったものだ。眉間の皺がなかなか消えない彼女の顔を見る度、彼女の不安や心配を取り除く方法を模索するがなかなか見つからずに今に至っている。

仕事上、しょうがないというのが現実だ。


「僕の言うことがそんなに信用なりませんか?」


「だってこの間も怪我、隠したじゃないですか」


「あんなの怪我なんていいませんよ」


かわいい顔が台無しですよ、と眉間の皺を指でなぞればくすぐったかったのかふにゃりと頬が緩み、ならよろしいと笑い離れる彼女のぬくもりが少し恋しい。

こんなことを言えば彼女は笑うだろうか。はたまたきょとんとした顔を見せてくれるのだろうか。
そんなことを考えながら上着を掛けている間に彼女の手には淹れ直したであろうホットココアが、二つ。


「はい、お疲れ様でした」


差し出される、彼女と揃いのマグカップに胸がくすぐられる。


「ありがとうございます」


すん、とココアの香りを吸い込んで口に含めば優しい甘さが広がり思わず頬が綻んでしまえば彼女は嬉しそうにまた笑い、口元にマグカップを寄せる。
その姿がどこか小動物を連想させるものだから、小さな頭をそっと撫でればなーに、なんて大して答えを求めていないようなぼんやりした返事。





「ご馳走様でした。さて、名前」


「ん?」


ココアを飲んで、少し仕事の書類に目を通してる間先に休めという言葉もはぐらかし、ずっと隣でぽつりぽつりと話をしながら遂に微睡み始めてしまった彼女に流石にこのままではまずいと声をかける。


「もう明け方ですよ、いい加減寝なさい。君まで僕と同じリズムで生活してたら流石に体調崩します」


「んー、骸は?」


「一区切りついたのでシャワー浴びて寝ます」


また少しだけ眉間に皺が寄ってしまった彼女をなだめるようにやわらかい髪を撫でてやれば目を細める彼女。

朝も夜も無いような生活を物心ついた頃からしている僕にはそもそも生活リズムなどというもの自体無いようなものなのだ。


以前暫く彼女が僕に合わせて生活する日が続いたことがあった。そのときは大して僕も気にしていなかったものの、その後僕の居ない間に倒れられたときは思わず頭が痛んだ。
そしてよりによって沢田綱吉にもう少し気をつけてやれと説教された時は何も言い返せなかったという苦い思い出。


「明日は夕方までは居ますから、それまでゆっくりすれば良いでしょう」


「うー…」


寂しい思いをさせている自覚はある。

彼女は基本的に昔からなんでもため込む性格なのだ。我慢しているのだろうとも思う。
だからこそ、時間がある時は目一杯彼女のために割いてやりたいと思う、のはやはり年とともに僕もずいぶん丸くなったのだろうか。
彼女と過ごせる時間に、彼女に倒れられてしまっては困る。それはつまり、恐らく、僕が少なからず彼女に随分と支えられているからなのだろうと…年をとるというのはなかなか怖いものだ。


「…仕方ないですね、シャワー浴びきますから少し待っててください」


君のことですから、どうせ寝てろと言っても聞かないんでしょうと笑えば彼女は嬉しそうに、でも少し困ったように笑ってこくりと頷く。
そんな彼女に毛布を被せ、さっさと戻ってこようと僕はシャワーに向かいながらも、こうして求められることは嬉しくてどうにも顔が緩んでいる気がしてならない。


結局、戻ったときにはソファで再び寝息を立てている彼女がいたのだからやはり僕は笑ってしまうのだ。


愛しい君が、明日も笑顔でありますように。



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