しあわせとさよならを、貴方に
数日後、私の元に招待状が届いた。承太郎の字だ。初めて行く結婚式が、まさか承太郎の結婚式になるなんて思いもしなかった。ゆっくり深呼吸をして出席の所に〇を付ける。
実のところ、参加すると言ってしまったことを少し後悔している。式に出るということは、彼らの愛の誓いを見るということ。かなり辛いなと思ったけれど、もう決めたことだし、今更行けませんなんて最悪すぎる返答も出来ない。
もう逃げないし、もう見ないふりもしない。腹を括る時が来た。ただそれだけのこと。
当日は雲ひとつ無い晴天で、お天道様も彼らのことをお祝いしているんだろうなと感じながら会場へと歩みを進める。そこは小さなチャペルで、早めに来たのにも関わらずもう数人が席に着いていた。
私も適当な席に着こうかと会場を見回していると私の名前を呼ぶ声が聞こえた。慌ててそちらへ視線を向けるとホリィさんだった。
「来てくれたのね!嬉しいわ!」
こちらへ近寄ってくるホリィさんに私は微笑む。
「もちろん。この度はおめでとうございます」
ホリィさんの笑顔は相変わらず温かく、私を安心させてくれる。大丈夫。上手く笑えてる。祝福できている。
「幼なじみとして、これ程嬉しいことは無いです」
自分で言っておきながら少し胸が痛む。ホリィさんは一瞬悲しそうな顔を見せたが、すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。
「ありがとう。貴方にもきっと、素敵な人が現れるわ」
「そうだといいんですけどね」
思わず苦笑を浮かべる。ホリィさんには悪いけど、当分彼を忘れさせてくれるような素敵な男性は現れないだろう。現れても、私は承太郎を忘れられないかもしれない。それほど素敵な恋だった。
それからしばらく二人で雑談をしていたけれど、他のゲストへの挨拶もあるからと私は席に着いた。
真ん中辺りの通路側の席。二人の幸せな姿がよく見えるように。決意が揺らがないように。私の思いがちゃんと朽ちるように。続々と参加者が席に着く様子を見ながら、私は式の開始を待っていた。やがて進行役の方が入ってきて式の開始を告げる。
ああ、始まってしまうんだなあ。
「それでは、新郎様のご入場です」
しばらくして大きな扉が開かれた。そこには純白のタキシードに身を包んだ承太郎がいた。やっぱり似合うなあ。タキシード。
どこか彼の表情は少し強ばっており、緊張しているんだなぁと伺える。牧師に続いて歩く承太郎の横顔を見つめていたけれど、当然の事ながら視線が交わることは無かった。祭壇の前で新婦の姿を待つ彼の背は広くて大きくて、これからその背にたくさんの大切な物を背負って彼は生きていくのだろう。
「続きまして、新婦様のご入場です」
新婦である彼女も彼のように純白のウェディングドレスに身を包んで、ヴェール越しでも分かるほど幸せそうに微笑む彼女はこの場にいる誰よりも美しい。彼女ほど彼の隣が似合う人は本当にいないと思えるほどお似合いに見えた。
式は順調に進んでいき、二人の愛の誓いを聞き、誓いの証ともいえる指輪の交換も終わる。いよいよ誓いのキスが行われようとしている。承太郎が彼女の顔を覆っているベールを上げれば、二人の間には幸せそうな空気が流れる。
きっと二人はこれから永遠の愛を築いていくんだろう。
「ジョースター家は代々一人の女しか愛さないんだぜ」
いつの日か彼が教えてくれた言葉を思い出す。私はその一人の女になれなかったんだなあ。二人の顔が近付く様子はスローモーションのように見えて、思わず閉じそうになる瞼に力を入れる。
ダメだ。逃げるな。今日は終わらせに来たんだ。勝手に募らせていた思いを。
ステンドグラスの光に優しく包まれて、唇を重ねる二人はとても美しかった。その二人の様子に私の中の黒い感情が溶けていく。
これでいい。これが正しい愛の在り処だから。私は大丈夫。泣いてしまうかもと不安だったけれど、不思議と込み上げるものは悲痛では無く、無事に見届けられた満足感だった。
*
無事に式も終わり、披露宴は無いが祝福セレモニーという小さな会が行われるらしい。準備に少し時間がかかるとの事で多幸感から涙を流すホリィさんを慰めたり、久々に会った貞夫さんやジョセフさんと軽く挨拶を交わしていたが、それでも時間が余った。
知り合いもおらず空条家の皆さんも他の人への挨拶で忙しそうなので、かなり暇である。避けたかったけれど、一服しようと席を立つ。
「すみません。喫煙所あります?」
「扉を出て右手にございます。」
軽くお礼を伝えて外に出る。香水で軽く誤魔化せればいいのだけれど……。煙草を唇に挟む。後でリップも塗り直さないと。ライターを取り出すためにカバンを漁る。
私も禁煙しようかな。お揃いと思い続けて吸っていたこれも、彼が辞めたのなら吸う意味が無い。
そんな考えをぼんやりと巡らせていると、また私の名前を呼ぶ声が聞こえる。だけど先程の天真爛漫なホリィさんの声ではない。
「なにしてやがる」
「……こっちのセリフなんだけど」
顔を上げるとそこには今日の主役がいた。新婦を置いて他の女に会いに来る新郎が何処にいるんだろう。慌てて火を付けそうになった煙草を箱に戻す。彼に匂いが付くのはダメだ。
「やるよ」
そう言って彼は私の顔先に花を突きつけた。ミニブーケのようだ。承太郎の纏っている白と同じポインセチアが私の視界を覆う。あまりにも季節外れな花と突然の行動にびっくりしながらもそれを受け取れば。彼は満足そうな表情を見せた。
「ありがとう。でもなんで?」
「ブーケトスをやらない代わりに、こうやって後で花を配るんだよ。お前には俺が渡したかったんだ」
なんでポインセチア?という言葉は飲み込んだ。もしかしたら彼女の趣味かもしれない。あ、もう奥さんか。
「……ありがとう」
改めてお礼を言って、小さなブーケを軽く抱きしめるように持つ。俺が渡したかった、か。なんでそんな特別扱いするような事を今でも言うんだろう。もう君は誓いを立てて、彼女の物になったのに。
「結婚おめでとう。末永く、お幸せに」
彼の特別はもうあの奥さんで私じゃない。改めて言い聞かせるように、私は彼に告げた。「ありがとう」と微笑む彼本当に幸せそうだ。
「もうすぐ始まる。それ吸ったらすぐ来いよ」
分かったと軽く返事をして会場へと戻る彼の背を見送る。燻る気持ちを晴らす為に煙草を口に咥えなおす。流れてしまった涙は紫煙が目に染みたということにしておこう。どうやらすぐに戻るのは無理そうだ。
白いポインセチアが私の胸の中で優美に咲いている。
「さよなら」
承太郎に、私の恋心に別れを告げる。どこか私の知らない遠い土地で幸せな日々を過ごしてね。
今までありがとう。
私の見つけた一番星。
私だけに光ってくれた一等星。