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 付き合ってから数ヶ月後、彼は突然天空闘技場へと姿を現した。そんな話は一度も聞いていなくて、彼が天空闘技場で戦っていることもテレビ放送で知った。どうやら私と付き合う前からここに出ていたらしい。
 ヒソカが戦っているところを見るのはハンター試験ぶりだった。いや、戦いというより一方的な虐殺といった方が正しい。私が最後に見たのは、彼が試験官を半殺しにしたところだけ。彼が人を殺して来たんだろうと思うことは共に過ごす日々の中で多々あったけれど、直接この目で見たのはあれが最後だった。
 テレビの画面越しに見るヒソカは、それはそれは楽しそうだった。決して私といる時のヒソカがつまらなさそうに見えるわけではないし、彼自身、私といることがつまらないと思うならもう二度と会ったりしないだろう。けれど彼は定期的にこの家に顔を出しては私に愛を伝えてくれる。
 私と一緒にいることも彼にとって楽しいことに含まれるのだろう。けど、彼の表情を見てハッキリと分かる。彼は戦闘こそが、自身において最も心踊る行為なのだと。
 だからなんとなく、彼に言われた「生かされている」という言葉も、私の最期は彼の手によって閉じられるだということも、すんなりと嚥下していた。受け入れてしまった。
 受け入れてはいけなかった。彼にとってそれはつまらない行為に値するから。ヒソカの手によって殺されてもいい、そんな自殺願望論者の考えを持つ玩具を手にかけたところで快楽も面白味もなんともない。
 彼は玩具を壊したいのだ。殺すわけではない。戦闘という唯一無二の娯楽を共にし、最終的に息の根が止まる。それが彼にとって壊すということで、殺すのは戦闘を厭わないつまらない行為。
 何の感情も動かない殺しという行為で見捨てられたくなかった。壊して最期まで愛して欲しい。その為には、彼にこの心情を悟られるわけにはいかなかった。

 彼の様子が代わったのは私が彼自身を受け入れてしまった頃のように思う。家に居座る時間が減った。家に来る頻度が減った。メールの返信がいつもより遅くなった。
 まずい、と感じたのは電話をこちらからかけても折り返しの電話をくれなかったり、メールですら連絡を返してくれなかった時だった。いつもなら遅くても翌日には連絡を返してくれるのに。
 どうして連絡が来なくなったのか。もしや死んだか。いや、彼がそんな簡単に死ぬような人じゃないことは分かっている。恐ろしい可能性を打ち消すように私は頭を横に振った。
 じゃあ、どうして? しばらく考えて、辿り着いた結論。
 ヒソカは私に飽きたんだ。愛想を尽かしたのだ。殺されることを受け入れてしまった死体を、つまらないゴミのような存在に成り下がった私を、二度と彼が訪ねてくることはないだろう。
 最後に彼がここへ来たのはいつだっけ。ああ、確か二ヶ月前の十二月。ホリデーを祝おうと言ってディナーに連れて行ってくれたんだ。
 初めてのデートの時のように個室の高級レストラン。ワインを二人で空けて、楽しく話に花を咲かせた。そういえばその時、ハンター試験をもう一度受けると言っていた。だから、連絡がしばらく取れない、とも。
 一瞬安堵しかけて、首を振り諦めのため息をつく。いくら連絡が取れないといったって遅すぎる。メールの一通も送りたくない、文章を打つ価値もない、そう思われているのだろう。
 ヒソカの居場所は知らない。放浪家の彼のことだから、定住先を持っていないのかもしれない。そうだとしたら探すだけ無駄だろう。最も、ハンター試験を終えた今どこにいるのか皆目見当もつかない。ハンターサイトで調べることも出来るだろうけど、なんだかストーカーのような行為で気が引けた。私たちは恋人同士なのに、こんな裏技のような手を使って彼の居場所なんて知りたくない。彼から直接教えて欲しい。
 会いたい、けれど会えない。彼が会おうと行動してくれないと、私は彼に会えない。虚しい想いだけが募る。
 
 良かったじゃないか。自分で自分を慰めるように心中で言葉を並べる。
 殺される危機は去ったんだ。人殺しに悦楽を覚えるような常人じゃない男が常に側にいて、彼の気分次第で失くなる命ではなくなった。今だって息をしている、呼吸が出来ている。それだけで十分幸せだ。
 幸せ、なのに。安堵することなはずなのに。
 苦しい。私はヒソカに壊して貰えないという事実が、たまらなく悲しかった。嫌だった。最期まで愛してほしかった。
 彼からの愛を、私は最期まで注いでもらえることなく、捨てられるのか。それならいっそ殺してくれた方がマシだ。
 捨てないで。私を認めてくれたただ一人の人だった。だから愛した。愛されたいと願った。そして彼を受けいれた。
 なのに、どうして。
 締め付けられる胸の内、溢れるのは悔しさばかり。掠れた泣き声を止ませる手段は見つからない。止めてくれる人も、もういない。

 私とヒソカの恋人関係は、自然消滅という形で幕を下ろした。